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2.恋人未満だし友達未満
◇◇前沢永司◇◇
バイト先の学童クラブで、やらかした。
利用者の子ども達が帰った後のスタッフルーム。施設長の早池峰基子さんにやんわりと詰められる俺は、小学校の学級会で吊るし上げられた針の筵を胸中で再体験していた。
実際には学級会のような集団ではなく、俺を含めた四人で行われているこじんまりとしたミーティング。教室よりもずっと狭い事務室で、オフィスデスクを給食班のような形で合わせて一つの島にしている。
とはいえ、相手が何人だろうと他人の目は痛い。
「……あなたの言葉はね、彼女を傷つけてしまったというわけなの」
口調こそ荒くないが明らかに緊張感を与える声のなかに、早池峰さんの怒気を感じる。
「……はい」
相手の言うことが正論過ぎて、ただ頷くより他ない俺だった。
事は本日の勤務中、16時頃に遡る。
横間心寧ちゃんという小学校四年生の女の子がいる。心寧ちゃんは読書と絵を描くのが好きで一人で過ごすことが多く、物静かそうな第一印象を与える子どもだ。しかし、口を開くと暴言が酷い。情緒不安定で被害意識が強く、ちょっとしたきっかけで泣き喚いたり癇癪を起こすので、他の子ども達から距離を置かれている。スタッフの間でも、彼女への対応には苦慮する声が上がっているくらいだ。
心寧ちゃんの気の毒なところは、なまじ賢いところだ。だから彼女は、周囲から煙たがられていると自分でも気づいている。一方では、どうしても上手く振る舞うことができない何かしらの事情がある。結果、そんな自身に対する評価が物凄く低い。
今日も、同級生の女子達が些細な軽口を叩いているところに執拗に反応して、最後は大声で罵詈雑言を吐き散らしていた。スタッフが介入せざるを得なくなり、俺は心寧ちゃん側の話を聞くために声を掛けた。
すると、心寧ちゃんは俺が叱責したと受け取って「何で私のことばかり怒るの!?」「どうせみんな私のことが嫌いなんだ!」「みんなに嫌われる私なんか死んじゃった方がいいんだ!」と激高。声を張り上げて他人を非難すると同時に、自分自身を強く否定する言葉を吐く彼女と向き合って――いや、向き合うことに耐え切れなかったのかもしれない――俺は何とも居た堪れなくなった。
その時に掛けた言葉が、問題となった。
「嫌われたって別にいいじゃない」
俺は飽くまでも心寧ちゃんを励ますつもりだった。しかし、彼女にその意図を伝えることはできなかった。
それよりも先に、怒りの頂点に達した彼女が絶叫しながら俺の首を狙って手を伸ばし、飛びかかってきたのだ。絞めるつもりだったのか、つねるつもりだったのか。或いは彼女自身も混乱して衝動のままにとった行動だったのかもしれない。
避けるのが僅かに遅れたために、彼女が向けた爪が引っかかって、俺の首筋に薄赤い傷跡が残った。
ただならぬ状況であることを施設中の皆が察知し、スタッフが二人、彼女と俺の間に救援に入った。あと一人のスタッフは、周囲の子ども達を集めて別室へ誘導して避難すべく対応をしていた。
俺は心寧ちゃんの刺激にならないように、その後今日中は別室で他の児童の支援に当たるよう指示を受けた。心寧ちゃんも俺が目の前からいなくなり、代わりに他のスタッフに宥められるうちに間もなく落ち着きを取り戻したらしい。
そんな経緯があっての、このミーティング。俺にとっては反省会。
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