2.恋人未満だし友達未満

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「何が家族以外誰も入ったことない、だよ! 他の人を部屋に誘わないんじゃなくて誘えないんだろ、(きたな)過ぎてドン引きされるから!」 「あはっ……あはははは!」  あまりにも悪質な待遇に、年上相手であることも忘れて反射のような速度で怒鳴る。かなり強い口調で糾弾したにもかかわらず、偲先輩は声が裏返るほど邪悪な高笑いをしながら、また正面から絡みついてきた。 「あはは……あー、最っ高……。永司くんのその顔」  ごく自然な流れで顔に触れてくる。節ばった長い指が体温を纏って頬を包んだ。 「いいよ……いいんだよ、それで。怒った顔も可愛い」  皮膚と心奧。外と内の同時に走るこそばゆさに身を反らすと、その手が下りてきて、背中と腰に回る。  抱き寄せられると得体の知れない何かに落ちてしまいそうな恐怖心が一瞬。それはやがて熱っぽい浮遊感へと変わる。 「先輩、ちょっと……そういうのやめてください」  どうしようもなさに、俺は押しのける形で先輩の身体と距離を取った。  下手に近づいたら、後で惨めな気分になるだけだ。俺みたいな愚かな奴は、偽の親しみや愛情に手を伸ばしてしまいそうになるから。まるで、陳腐なおもちゃではしゃぐ子どもみたいに。 「……本当に怖がりなんだね」  そう呟く偲先輩の声は聞いたことがないほど低いものだった。響く空気に纏う影が俺をちくりと刺す。  これまた正体不明の痛みに身動きができなくなる。何か言葉を返さなくては、と俺が焦燥感に駆られているうちに、その影は消えた。  眼前に立つのは、相変わらず酔っ払っているだけの偲先輩だった。その時にはもういつも通りの人懐こさを纏って。  彼はわざとらしく手を後ろに組んだまま、微笑みながら言った。 「でも……いいや。何はともあれ、ようこそ俺の部屋へ」
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