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「君は全く――」
高鳴っていた胸が、再び熱を持ち始める。
もはや迷ったのはとりあえずで、俺は思いが向くままに彼を正面から抱き締めた。部屋に着いた時も同じようなことをして、拒絶されていたことは承知の上で。
服の洗剤も浴室の石鹸も、どちらも普段自分が使っているもので、匂いも当たり前に嗅ぎ慣れている。けれども、永司くんの身体を通して感じるそれは、知らない香りのように俺を惑わせる。
酒の酔いは醒めたはずなのに、くらっとしたものが頭のなかを回った。不快感ではなくむしろ心地よいその刺激は、脳から血流に乗って全身に甘い痺れを伝えた。
自らの意思なのか衝動なのかも曖昧になってきて、俺の手は彼の腰を引き寄せる。
もう、このまま――
そんな欲が頭を染めようとしたところで、彼の声で現実に引き戻された。
「先輩、しっかりしてください……!」
また手で押しのけるように身体ごと離される。
見開いた眼が揺らいでいる永司くんは、震える声で言った。
「……今日の先輩、いつも以上に変ですよ。俺なんか相手に何やってるんですか」
ああ、やっぱり駄目なんだ。
永司くんの心は、まるで頑丈なカプセルに包まれているかのよう。
彼のなかにある俺に嫌われているという思い込みが、現実の俺の言葉も思いも行為も全て撥ねつけてしまう。
「……ごめんね。はしゃぎ過ぎちゃった」
自らの感情に折り合いをつけるために、俺は尤もらしい言い訳をでっちあげて謝った。
進むことも戻ることも叶わない現状に、いよいよ打ちのめされそうで。
いっそのこと、本当に彼を嫌いになってしまった方が楽なのかもしれない――
そんな考えがほんの一瞬脳裏をよぎった自分に、戦慄したのである。
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