1.自尊心の最小値

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 ただ、とある人物を除いては。 「……先輩、本当に毎週泊まりにくるんですね」 「そりゃくるよ。それだけ切実なんだよ。この俺が、毎週ちゃんと泊まって君と朝から大学に行く。それを何だかんだで二か月続けてる……あ、よく考えたら偉いね、俺。これ、もう勝ち確と言っても過言じゃないよ。今年の単位は取れたも同然だね」 「全然勝ち確じゃないですし、偉くもないですし、何より三年連続で同じ講義受けてる時点で駄目です」  警戒色のごとくビビッドな色調のパーカーを羽織ったまま、ごく自然な所作で部屋に上がり込んだ、一つ年上の先輩。名前は金ヶ崎(かねがさき)(しのぶ)。  同じ大学に通っていて、偲先輩は教育学部、俺は総合福祉学部。学部の棟が近かったり教養科目が被っていたりして、キャンパス内でも割と頻繁に顔を見る。  というか、そもそも高校時代からの知り合いであり、スマホの連絡先なんかも交換していたばっかりに、卒業後までの腐れ縁を持ち越している。彼の卒業式できっぱりお別れ……するにできず、何だかよく分からないまま連絡を取り合い、よせばいいのに同じ大学に進学したりして、現在に至っている間柄。  その偲先輩が、今年の四月から毎週水曜日の夜、俺のアパートに泊まりにくるようになった。次の日、つまり木曜日一時限目の講義に出席するためだ。  偲先輩は朝にめっぽう弱い。8時45分から始まる一時限目の講義はかなりの確率で遅刻をする。そうやって、本来なら一年生で取得するはずの基礎英語の単位を、二年連続で落としている。  三年目の今年は流石に危機感を覚えたらしく、寝坊防止対策として俺の部屋に泊まり、朝、一緒に大学に行きたいという申し出があった。何とも図々しいかつ情けない話である。正直呆れた。とはいえ、俺も別の講義のために早起きする予定があったので、ついでのつもりで受け入れた次第だ。 「で、何で次の日一時限出席するにもかかわらず、いつもいつも酒飲むんですか。そういうところですよ、貴方」  偲先輩が部屋にくるのは大体22時前後。その前はサークルやバイトの予定で埋まっていて、充実かつ多忙な生活を送っている人だ。  彼はいつも24時間営業のスーパーに立ち寄って食べ物や飲み物を買ってから部屋を訪れる。その手持ちのレジ袋にはいつもチューハイの缶が三本入っている。自ら翌朝の寝過ごしリスクを高めていく男だ。
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