3.証明の途中過程

1/11

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

3.証明の途中過程

◇◇前沢永司◇◇  大学の前期の授業の多くは八月上旬で終了する。  単位取得の可否を含めた成績は、約一か月後に通知される。とはいえ、俺はどの講義もほぼ無欠席だったし、試験やレポート提出も概ねつつがなく終えたので、恐らくパスできているだろうと見込んでいる。  ちなみに(しのぶ)先輩も、(くだん)の基礎英語の出席率は間違いなく七割を超えていた。頭自体はいい彼のことなので、出席日数がクリアできたなら試験はまず問題ないだろう。  その授業最終日に当たる木曜日の昼、学生生協棟のピロティで俺を見つけた偲先輩が、同級生らの輪から外れてわざわざ駆け寄ってきた。 「永司(えいじ)くん、やったよ! 俺、今年こそは無事に単位取れそうだよ、基礎英語」 「それは、おめでとうございます」 「君のおかげだよ。ありがとうね」  毎週部屋に泊まりにくるのを許して、朝は叩き起こしてやっていたのだから、それで単位を落としていたりなどしたら、俺も報われない。 「どういたしまして……」  形式的な礼儀で返した後、こんな言葉が俺の口をついて出た。 「……祝いましょうか?」 「え……?」 「その……一応、約半年頑張ったわけですから、慰労会? ……みたいなこととか、してもいいかなって」  自分がどうしてその発想に至ったのか。咄嗟に頭に浮かんだことだったので、理由は分からない。  直前に頭をよぎったのは、偲先輩が俺の部屋に泊まりにくる理由も習慣もなくなる、ということだった。  翌朝の講義に出席するために泊まらせて欲しいと頼まれたのを、特に考えもなく受け入れていた。  なのに、目的がなくなったことによって、今日以降その時間がまるっと俺の日常から消えていくことが、何だかとても大きな変化のように感じるのだ。  だが、それは俺の主観に過ぎないのかもしれない。まるで幻想のようなくだらない主観。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加