3.証明の途中過程

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****  偲先輩が実際にアパートを訪れたのは、19時よりもやや早いくらいの時間だった。時間にルーズな遅刻常習犯の彼には快挙ともいえる動きだったので、インターホンが鳴った時には俺も正直驚いた。  辺りは薄暗くなってくる頃合いとはいえ、八月の夜。外の気温は昼より下がっても、全く涼しくはない。  汗だくになりながらやってきた偲先輩は、スーパーの買い物袋を俺に雑に押しつけながら部屋に上がり込んだかと思うと、エアコンの下でだらしなく寝そべって直接冷風を浴びている。 「あー……生き返るぅ……」 「ちょっと。それは風邪ひくから、ほどほどにしてくださいね」  少しでも早く汗を引かせたくてそうしたくなる気持ちは分かるが。  偲先輩が涼んで体力を回復している間に、俺はテーブルを拭いて食卓をセッティングする。  彼が買ってきたのは、焼き鳥や唐揚げなどの肉っ気のある総菜に、二人でシェアできるくらい大きな容器に入ったシーザーサラダ。炭水化物要素として、海苔巻きとサンドウィッチ。スナック菓子類も複数買ってきている。飲み物はそれぞれ二リットルのペットボトル入りの烏龍茶とコーラ。食後のデザート用にと、バニラアイスも買ってきてくれていたので一端冷凍庫にしまう。  グラスや取り皿を食器棚から持ってきたところで、ふと気づいた違和感があった。 「…………え、先輩。酒買ってきてないのは、何かのバグですか」 「酒を買わないことが、何でバグ扱いなのさ。別に俺だって、年がら年中飲んでるわけじゃないんだからね」 「体調……悪いんですか?」  偲先輩はこの部屋を訪れる時は、いつだって二、三本は缶入りの酒を飲んでいた。それ以外の日だって友人達と頻繁に飲んでいるらしいし、自宅にも酒のストックを置くほど好きなはずだ。 「全然大丈夫だよ。飲みたくない気分の日くらいあるの、俺なりにも。変な心配しないでよ」  訝る俺を煙に巻くように偲先輩は明るく言い、ぱっと立ち上がってローテーブルの前に寄ってきた。  彼が「早く食べよう」と急かすので、その会話は強制終了とし、食卓の準備を再開した。  総菜やサラダの蓋を全て開け、自分達で食べたい分をその都度取り分ける形にする。菓子類まではテーブルの上に乗りきらなかったので、未開封のまま近くに床置きして、後で食べることにした。 「先輩、基礎英語お疲れ様でした」 「ありがとう……改めて祝われると、恥ずかしいな。本来一年生の授業だしね」  互いのグラスに飲み物を注いで、乾杯をする。偲先輩は烏龍茶で、俺はコーラで。  ばつが悪そうに笑いながら一口飲んだかと思うと、偲先輩はどこか神妙な面持ちで、俺に目を向けてきた。 「永司くんのおかげだよ、毎週お世話になってさ。本当に感謝してる」 「いえ……」  昼休みにピロティでも同じことを言われたが、その時の雰囲気とはまた異なる。  妙に改まって語りかけるような礼の言葉だったので、俺は内心面食らう。
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