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偲先輩が毎週家に来ることも、二人で夜中までだらだらと飲み食いしたり喋ったりすることも、時々床の上で寝落ちすることも、朝寝起きの悪い偲先輩を叩き起こして大学に行くことも、いつの間にか当たり前のように受け入れていた。
ごく自然に過ぎていたはずの時は、思い返せば色も音も匂いも特別だった。
当たり障りなく凌ぐだけの日常のなかで、偲先輩とともに過ごす時だけは思考も感情も間違いなく動いていて、時間も空間も鮮やかに色づいていたのだ。
だが、説明しようにもあまりにもふわっとした感覚で、ぴたりと当てはまる言葉が見つからない。
その一方で何かは答えなくてはという焦燥感が募ってきて、身体中に変な熱がこもってくる。
「顔、赤くなってる……可愛いなあ」
偲先輩はそう指摘しながら、俺の頬に触れる。
不意の動作に面食らって身を反らすと、すかさず背中へ腕を回して抱き止められた。
「……駄目。もう逃がさない」
耳元で囁く声が、俺から抵抗する力さえも奪ってしまう。済し崩しに床へ横倒しにされると、声も出せなくなった。
体内の熱は更に上昇した感じがする。高鳴っている鼓動は、そのまま皮膚を通して分かるほどに激しさを増す。呼吸をしているにもかかわらず苦しくて、ふーっ、ふーっ、と鼻や口からあからさまな息が漏れ出る。
そんな俺に覆い被さるような体勢で絡みついて、偲先輩は強烈な一言を発した。
「好き」
言葉の威力は電流さながらで、頭から爪先までじりじりとした痺れが走る。
俺にはもう、目を背ける体力すら残っていなかった。偲先輩の視線をそのまま見つめ返し、じっとりと湿った深みへ引き寄せられていく。
「……好き。大好き……永司くん。好き、好き好き……」
口説いたり好意を表現したりすることを、“攻める”という言い方をしたりするけれども、身を以てその理由を実感した気がする。
偲先輩のしていることはまさに攻撃同然だ。甘い毒を含んだ刃で、俺のいちばん弱いところを何度も突き刺す。
温かな吐息とともに、耳元に何度も吹き込まれる“好き”の言葉。幸福感は一瞬で痛みに変わり、鋭いものが胸を苛んでいく。
「…………うぅ、っ」
漸く取り戻した声は、酷く震えた情けないものだった。相手の同情を誘うような可愛らしさの欠片もなく、ただひたすら惨めなだけの泣き声だ。
それを皮切りに、汚い涙と嗚咽が止め処なく溢れてくる。
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