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「……っ、何で……。何で……そんなことするの……。先輩……っ」
「何でって……?」
「俺のことが、嫌いだからって……っ、嫌いだからって、そんなやり方酷いです……。うっ……」
偲先輩がちらつかせる甘い夢は、俺が心底欲していたもの。どうせ偽物と分かっているから、見ないように欲しがらないようにと、敢えて自ら距離を置こうとしていたもの。
手を伸ばしたら最後。全てが泡と消え、ただの道化として嘲笑われる哀れな末路が目に見えている。
だから、彼にも、そして自分にも精一杯嘘をついた。「好きじゃない」「欲しくない」と思い込むことで、やがて傷つくことが決まっている未来から自分を守ろうとしていた。
それなのに、偲先輩はとうとうその防壁まで突き破って俺の心のなかへ、もう取り返しのつかない形で入り込んでしまった。
「もうやだ……先輩、怖い……。意地悪、しないで……っ……酷いこと、しないで。俺のこと……嫌わないで……!」
自分でも無茶苦茶なことを言っていると思う。
先に偲先輩を傷つけたのは俺だ。構って欲しくて、振り向いて欲しくて、嫌がらせを繰り返した。まさに自業自得。
俺は、「偲先輩に嫌われるくらい、別に構わないだろう」と自分に対して何度も言い聞かせていた。それまで他人に疎まれる経験なんて飽きるほど重ねていたから。今更狼狽えることでもないし、嫌われたところで何が困るわけでもないと思っていた――思い込んでいた。
同じニュアンスの言葉を、バイト先の学童クラブで友人関係に悩んでいる小学生に言ったことがある。けれども、彼女はそれを全く受け入れられなかったし、結果として事態の悪化を招いてしまった。意味のない慰めに過ぎないことは、俺自身がいちばん分かっていたはずなのに。
細かな形は違えど、彼女は友人達のことが、俺は偲先輩のことが好きで近づきたいと思っているからこそ、相手に嫌われている現実に対して恐怖を感じるのだ。
あの時の彼女に掛けた言葉を、誰かが今の俺に向けたなら、それこそ爪でも立てて激しく抗議するだろう。
そんな過去のやらかしを反芻しつつ、仰向けに組み敷かれたまま泣きじゃくる俺を見て、偲先輩は長い溜息をついた。
「………やっぱり、そうなっちゃうんだ」
ぽつりと呟いたその声は、それまでとは打って変わった淡々としたものだった。
いよいよ見放されるかもしれない不安がよぎって、身体が硬直する。
偲先輩は覆い被さっていた位置取りを解いて、そんな俺の上体を起こした。そして、背中に回した手に柔らかな力を入れて、また自分の方へと引き寄せる。
今度は俺の方も抗うことなく、彼の首元へ顔をうずめた。
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