105人が本棚に入れています
本棚に追加
「先輩みたいな一軍の民には分からないでしょうけどね、あるんですよ。クラスでいちばんキモい奴にフェイクで告白して陰でネタにするみたいな、そういうドッキリが」
「――――待って、それまさか君の体験談? 誰だよ、俺の永司くんに冷やかしで告った奴。関係者全員の名前教えて。ちょっと片っ端から始末したい」
過去にも詳しく語られたことはないけれども、永司くんの凝り固まった防衛は、恐らくそのような悪意に傷つき続けた結果なのだろう。
「名前なんかとっくに忘れましたよ。そういう記憶はなるべく早く消すに限ります」
投げやりに吐き捨てる彼を何とも不憫に思いながら、俺はその身を後ろから抱き締め直し、伝える。
「誰に何されたのか知らないけど……俺をそんな奴らと一緒にしないで。俺は本当に永司くんのことが好きなんだから」
「……駄目なんですよ。どうしても頭が信じることを拒否するんです」
散々繰り返されてきたパターンに、やはりと項垂れる思いだったが、語る永司くんの表情がそれ以上に苦し気で、俺は思わず目を見開く。
泣き出しそうに眉を寄せながら、自嘲する顔。ただ相手の好意を撥ねつけて拒否しているだけではない、彼の抱える痛みが見え隠れする。
「でも……」
言いかけた言葉を一度飲み込んで、黙り込む永司くん。その顔を覗き込むと、伏せた目に言いようのない迷いが見られた。
それでも俺は待った。震える彼の背中に体温を送りながら。
深い溜息を何度もついて躊躇いの仕草を残したのち、ついに彼は続きの言葉を発した。
「……俺は先輩の傍にいたいんです。変な言い分ですけど。信じることもできない癖に何言ってんだって思うでしょうけど。仮に先輩の気持ちが嘘だったとしても、一緒にいたい……それでもいいですか? こんな我儘なこと言う人間ですけど、本当に好きですか……?」
本当に変だし、我儘なことを言う。自分へ好意を寄せている相手に対して「貴方のことは信用しませんが、付き合いましょう」と言っているのだ。こんな横柄な話があるだろうか。
けれども、まごうことなき永司くんの本音なのだ。しかも、彼が自分の言葉で表現した。俺にとっては十分過ぎるほどの答えだ。
「そんなの全っ然、いいに決まってる。好きに決まってるよ……!」
きゅっと締まる胸の疼きを言葉に変えて、俺は伝える。
「それでいい、いいよ。俺のこと信じられなくても怖がっていても、永司くんが好き。変で我儘で、臆病で面倒臭くて、可愛くて可愛い永司くんが大好き」
永司くんの心は相変わらず硬質な殻に覆われている。何年かかっても、ひびの一つも入らなかった。
この先も、彼が俺に心を開く保証はない。言葉や身体でどれだけこちらの愛情を示そうと、尽くした相応の見返りを期待することはできない。もしかしたら、永遠に叶わない恋になってしまうかもしれない。
それでも、俺は永司くんが好きだ。俺のことを拒んでいる厄介な思い込みごと、彼の心を閉じ込めている殻ごと、永司くんを愛すると決めた。
最初のコメントを投稿しよう!