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「何さ、永司くんも飲みたかった? それなら一本あげるよ」
「うわー! この先輩、未成年に飲酒勧めてくる。やばい。これは不祥事!」
今年の冬には俺も二十歳になるわけだけれども、どのみち偲先輩が好むような酒は飲めそうにない。缶を開けた時に匂いだけ嗅がせてもらったことがある。レモンや桃などの甘い香りの奥から薬品みたいな匂いを感じて、全く魅力的に思えなかった。
「そう言うと思ったから、ほら」
大袈裟に騒いで酒を拒否した俺の頬に押しつけながら、偲先輩は冷えたコーラのペットボトルを取り出した。
自分の酒を買ってくるついでに、偲先輩は毎回俺の分のコーラも買ってくる。それからバニラアイスも。コーラとバニラアイスを口の中で混ぜて味わうのが何となく昔からの癖になっていて、偲先輩にそれを指摘されてから、その組み合わせが好きなのだと気づいた。
「ちゃんと毎回律儀に買ってくる俺、超いい先輩じゃない?」
ラグを敷いたワンルームのフローリングに座り、ローテーブルの上に買ってきたものを置いていく。チューハイ缶三本とジャーキーとコンソメ味のポテチ。偲先輩は勝ち誇ったような顔で缶を開け、レモンとアルコールの匂いがする液体をかっ食らうように飲んだ。
俺もその向かいに腰を下ろして、受け取ったコーラとアイスを開ける。
「自称いい先輩は本当に頭が幸せな人ですね」
俺は俺で、偲先輩の押しつけがましい厚意を盛大な失礼で返す。「ありがとう」などというしおらしい言葉は、彼に対してはもう何年も言っていない。
「こうやって俺の機嫌をとって自己満足するの、いい加減虚しくなりません?」
「え? 俺、別に何も考えずに買ってきただけだけど、機嫌とっちゃってた? それって永司くん、今喜んでるってこと?」
化け物みたいなレベルのポジティブ思考を持つ偲先輩には、嫌味も暴言も全く通らない。常に自分が優位であることを疑わず、笑顔で悪気なく相手を見下す。だから、どんな悪口を言われようとプラスに変換してしまう。
ゼロで御の字という、俺みたいな人間にはまるで手に入らない世界だ。
これ以上のやりとりは不毛なので、黙ることにした。
木べらで掬ったアイスを口に入れ、そこにコーラも流して口の中で溶かす。バニラのコクと炭酸の刺激とコーラのスパイス感の混ざり合った、どろりとした甘味を飲み込む。高校時代の同級生には、気持ち悪い食べ方だと言われたことがある。そんなことをするなら、グラスにでも注いでフロートにすればいいのに、と。けれども、俺はこの食べ方が良かった。気持ち悪かろうと行儀が悪かろうと、二つの飲食物を分けて口に入れ、そのなかで合流するように味わう。そうやってできる独特の風味を感じ取りながら、身体のなかへ取り入れていく。
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