105人が本棚に入れています
本棚に追加
うつ伏せの体勢で俺はスマホのメッセージアプリを開き、とある人物とやりとりをしている。
そこへ偲先輩が上から重なるように乗ってきて、手元を覗き込んでくる。背後からのしかかる重量に圧迫される胸が物理的に苦しい。
「さっきから誰とトークしてんの?」
「……プライバシーの侵害。あと貴方普通に重い」
反射的に毒づいたものの、相手やメッセージの内容は、別段隠し立てするほどのものではなかった。
「明日、兄が泊まりにくるんですよ。こっちで学会があるらしくて、昼間はそれに参加して夜は寝床代わりにうちに一泊していくつもりだそうです」
「えっ、桐矢くんが来るの!? 超久しぶりじゃん、懐かしいなあ! 最後に会ったの、一昨年の文化祭見に行った時だもん」
俺の双子の兄――前沢桐矢は、偲先輩とは色々な意味で縁の深い人間だ。
高校時代の部活の後輩。訳あって対立した相手。更に言えば、偲先輩の後に部長の座を引き継いだのも桐矢だったりする。
桐矢は現在首都圏に住んで大学へ通っている。メッセージで時折連絡は取るものの、俺も地元を離れてから一年半ほど会っていない。
「桐矢くん、実家には全然帰ってこない感じなの?」
「お盆と正月は帰ったはずですよ、桐矢は。ただ俺が実家に帰らなかったから、ずっと会っていないだけです」
「……出たな、前沢家の闇」
いつの頃からか、俺は実の両親との関係も、しっくりいかない状況になってしまっている。俺も俺だが両親も両親で、悪意はないかもしれないが、キャパシティが小さいというか余裕のない人達だ。そこへ、出来が悪い上に性格も捻くれた俺のことを持て余した結果、現在のような家族関係と相成ってしまったのである。
少し前に、何気ない会話の流れで実家のことに触れられたので、偲先輩にはその辺りの事情も話してある。他人事はいえ気分のいい話ではないため敬遠されるかと思ったが、偲先輩は大らかで、「君の家、結構な暗闇ハウスだね」と程よく冗談めかして受け止めてくれている。
「ねえ、永司くん。せっかくだから、俺も桐矢くんの顔見たい。明日もここに来ていい?」
「まあ……いいんじゃないですか。でも、そのまま泊まっていくのは、なしですからね。流石に三人分の寝床は確保できないんで」
「ということは、俺が例えば廊下とかで寝れば、泊まっていってもいい可能性あり?」
「用が済んだら帰ってください、頼むから」
そんな軽口を叩き合っているうちは、気づく術もなかった。
のちに訪れる時間――即ち兄との再会が、かつてないほど後味の悪い余韻を残すことになろうとは。
最初のコメントを投稿しよう!