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次の一口に匙をつけようとしたところで、横槍が入る。
「……可愛いなあ、永司くんは」
そんなことを言いながら俺の後ろに回り込んで抱きついてくる偲先輩。
偲先輩の声は男のなかでは高音の部類に入る。その声質で息とともに喋ると、鼻にかかったように甘く響く。わざとなのか分からないが、酔いが回ってくるとそんな声を出すことが多くて、俺はそれが嫌いだった。背中に虫が走るようにぞわぞわする。
「素直になれないだけなんだよね? 本当は俺のこと大好きでしょうがないもんね?」
ちょっと意地悪な言い方で、でも愛嬌はたっぷりで、相手の心を擽って気を引く。そのやり方で、偲先輩は多くの人間を魅了してきたのだろう。性別も年齢も問わず、偲先輩は交友関係が広く、慕われている。あまり詳しくは知らないけれども、恋人みたいな存在も過去には何人かいたと思う。
彼はその“多くの人間”側に、俺のことを引きずり込みたくて躍起になっているのだ。
自己満足のためだけに。
「それ、何年言い続けるつもりなんですか」
身体を捩りながら偲先輩の腕を振りほどく。
そして、再度絡まれるよりも早く、俺は彼に言ってやった。
「――――本当は、俺のこと嫌いな癖に」
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