105人が本棚に入れています
本棚に追加
悲しいとか腹が立つという感情は案外湧いてこなかった。戸惑ったのが一瞬だけ。後は、諦念とでもいうのだろうか。ああどんなに気さくな人が相手でも結局嫌われる存在なのだな俺は、というマイナスの実績を更新した事実を漫然と受け入れるのみ。
打つ手がないことは分かっていた。今更何をしても関係が改善することは期待していなかった。
だからこそ、俺はここぞとばかりに試した。どうせ嫌われる以外ないのだから、偲先輩がどこまで反応せずに耐えられるものか、興味本位から探ってみたくて、敢えて周囲をうろついたりした。
下手に出て煽てても、ゴマを擦っても、まるで俺のことが見えていないかのようにスルーされるだけだった。
次は反対に、嫌味や暴言をぶつけてみた。偲先輩が嫌がりそうなことや言われたくなさそうなことを選んで、会う度に絡んで指摘したりもした。
それを繰り返したある日、偲先輩が数か月ぶりに俺に対して言葉を発した。その時に言われたのは「必死だね」という一言。怒っているとも笑っているともとれる微妙な表情で、鼻で笑われながら言われた。
嬉しかったわけではない。
にもかかわらず、瞬間的に身体が熱くなり、眩暈がするほどの速さで全身の血が走るような高揚感は、今でも忘れられない。目で確かめられる現象ではないが、きっと脳のなかでも刺激を求める物質が溢れ出していたと思う。
諦めていたところへの思わぬ手応えは俺を病みつきにした。
偲先輩から反応が返ってくる方法を学んだ俺は、以降も憎まれ口を叩き続けた。
そんなことをしているうちに、気持ちと言葉の境界が曖昧になっていき、それが本心なのかパフォーマンスなのか自分でも区別がつかなくなっていった。偲先輩のことも、好きなのか嫌いなのか、いつからそう思っていたのかも、もう分からない。
なのに、何故か忘れることも離れることもできず、高校卒業後も結局縁が切れることなく続いて、挙句の果てに俺は追いかける形で同じ大学に進学したりなんかして、こんな今を過ごしている。
最初のコメントを投稿しよう!