1.自尊心の最小値

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1.自尊心の最小値

◇◇前沢永司◇◇  何も期待しない。  どうせマイナスしかない人生。必要以上は欲しがらない。限りなくゼロに近いものを選択する。そんな基本精神で生きてきた。  子どもの頃から、周囲の人間よりも下手くそなことが多かった。小学校では運動会のちょっとした行進すらまともにこなせなかった。  右足が前なら右手は後ろ、左足が前なら左足は後ろ――ただそれだけのことも躓いて、同じ方の手足を同時に前に出して歩いてしまうのを、執拗なまでに指摘され、数え切れないほどやり直しをさせられた。  そのうち「本当にあなたはッ! 何度言ったら分かるんですかッ! どうしてッ! そうやって先生を困らせるんですかッ!」などと担任がヒステリックになって、色んな意味で目も当てられないことになったりして。  大人の反応がそんなものなので、周囲の子ども達の間でも、こいつのことは雑に扱ってもいいような雰囲気が何となく出来上がる。所謂「苛められる方に原因がある」という言い分だ。  そんな俺だけれども、嘘をつくことや取り繕うことは得意だった。こういう発言や行動をしたら責められる、苛められると、何となくの傾向と対策を学んで以来は、苦手なことも然もできているふりをしてやり過ごす(すべ)を身に着けた。  中学校に上がる頃には、相手が何をしたら喜び、何をしたら嫌がるのかも感覚で把握できるようになった。だから、それを強みに相手よりも優位な立場に立つこともあった。  おかげで、それから大学二年生の現在に至るまで、友達や恋人などと呼べる豊かな人間関係こそ縁がないものの、然程不自由な思いはせずに生活を送っている。大学の同じ学科の人間とか、バイト先の人間とか、ほどほどに喋ったり集まったりして。  きっと社会人になろうと、歳を取ろうと、俺が他人と互いに大事にし合う関係なんか築くことはないだろうが、それはそれで構わない。必要最低限の相手と、必要最低限のやりとりさえできれば、生きていく上で支障はないはずだと思っている。
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