【短編】宇宙旅行

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「やっぱつらいよ。」 幼馴染の彼にだけ聞こえるようにつぶやく。イートインスペースで一緒にのんびり甘味を食べる、いつもと変わらない休日。私が精神的に参っているのも、言ってしまえばいつも通り。いつも貼り付けている笑顔もすっかり忘れてしまった。季節限定だというケーキを食べ進める彼は、こちらをじっと見つめていた。病んでるところを絶対に見せられると分かっていてもついてくるのは、一体何でなのか。気まずくてテーブルに顔を伏せる。 しばらく静寂が続いたとき、彼が私の頭を小突いた。 「いくよ。」 いつの間にか空っぽになった皿と荷物を持って席を立つ。はてなを浮かべながらもその後に続いた。 気づけば同じビルのエレベーターに乗っていて、会話を続けてもどこに向かってるかはさっぱりだ。地味な浮遊感とチンという音と共にエレベーターの扉が開く。それはビルの中にしては狭い廊下で、何があるのかさっぱり分からない。 「ねえ、これどこ向かってる?」 こちらは返事がない。というかこちらを見もしない。仕方なく再び彼の背中を追う。 しばらく進むと、店にありがちな透明な引き戸があった。その先にはどうやら外が広がっているようで、整えられた茂みが見えた。迷いなく足を踏み入れるので後に続く。ようやく振り返って、彼が口を開く。 「宇宙旅行とか行きたくない?」 青い空の下、いたずらっぽく笑うから思わずぽかんとする。何だかその様子を消したくなくて、何故ここにという野暮なことは聞かないことにした。 「遠いよ。」 行きたいかと聞かれるとピンとこない。特に興味があるわけではない。だから少しずれたことを言うしかなかった。彼は私の隣に並ぶと、空を見上げた。私もつられるように空を見上げる。雲一つない晴天と程よい風が気持ちいい。 気持ちいいが話が進まない。 「なんで宇宙旅行?」 別に話さなくても自然体でいいのだが、普通に気になってモヤモヤしていた。 「こんだけでかきゃ、お前が笑える場所くらいあるんじゃない?」 彼はやはり私の方を見もしなかった。不器用な彼をじっと見つめる。 幸せなんて分からない。人間は欲の塊だから、幸せだったと後から思い返すかもしれない。そしてきっといつまで経っても、幸せを求めたり苦しんだりを繰り返すのだろう。それでも今辛いのは嘘ではなくて、彼がそれを受け止めようとしてくれて暖かい気持ちになっているのも幻ではない。 もしも私が人生が幸せだったとちゃんと笑って言えたとき、隣りにいるのは彼なのだろう。 「ご一緒してくれる?」 「お前が望むなら。」
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