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 それから僕はずっと彼女のことを観察し続けた。彼女の行動パターンは決まりきっていて、外を見つめているか、人間だった者たちの話を頷いて聞くかのどっちかだ。まるで、ロボットのようだなと感じた。機械的であればあるほど、人間だった者のふりというものは成り立つものなのだろう。しかし、外の世界を眺めているときに、彼女は決まってため息をつく。演じることに疲れるのだろう。その瞬間にだけ、人間味が滲む。ほんの少しの。  一年前の今日は、確か真夏日であった。彼女はいつも通り完璧に近い人間だった者のふりをしていた。  だけれども、その日はあいつらの様子がおかしかった。炎天下に晒された虫かごの中であっても陽だまりを好む彼らは、より暖かいところへと身を寄せ合った。熱気はあいつらの正気を失わさせる。あいつらの中の一匹が彼女に迫り、彼女の身体を弄り始めたのだ。周りはそれを見て笑っている。映像を回す者もいた。彼女は震えながら訴えた。 「気持ち悪い、やめて」 拒絶することは当然である。だがしかし、彼女はこのことが原因で、人間であることがあいつらにバレてしまった。  彼女は日陰へと逃げ込んできた。  日陰は僕と彼女の二人の居場所になった。ただ、二人になったからといって何かが変わるわけでもない。僕たちは一切言葉をかわさない。だが、仲間がいること、独りじゃないことは少し心の支えになっていた。彼女もきっとそうだっただろう。そうだったはずなのに。  彼女が日陰に逃げ込んできて数日後、僕は人間だった者たちに囲まれていた。あいつらの中の一匹が僕にこう言ったんだ。 「俺等の仲間にしてやる」 そうして、肩に手を置かれたとき、手のひらから、じんわりと温かさが流れ込んできたのだ。そして、今まで独りでいた時間が馬鹿馬鹿しく思えた。だから僕は決心したのだ。人間でいるのを辞めることを。人間を卒業することを。
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