プロローグ「結婚命令は突然に」

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プロローグ「結婚命令は突然に」

 今日も遅番勤務で怠い。そう心の声をただ漏れさせながら、成瀬はポプラ花粉が雪のように飛び散る駐車場で、車から降りた。 駐車場からは、ポプラ並木とすぐ近くの丘珠空港に向かう国防軍の飛行機群が見渡せる。2024年に中国の台湾進攻から始まった第三次世界大戦開戦後から、この田舎でも昼夜関係なく、軍用機を頻繁に目にするようになった。  成瀬は店の社員通用口から入り、入り口で社員証を端末にタッチし、打刻した。3階の事務所のロッカールームで上着だけ制服のベストに着替え、販売職用のタブレット端末を腰につけた。その後、店長と遅番スタッフと朝礼が開始された。  「皆さん、本日の販売目標を、売り場に入る前に必ず報告してください。 ところで、ニュースでも報道されていた通り、政府発表で30代前半までの成人男性は徴兵されることになりました。一部上場企業である「イマダ電機」も徴兵除外産業ではなく、この人手不足で苦しむ中、対象年齢の男性社員は、全員、自衛隊の半年間の兵役訓練に強制的に参加させるようお達しが来ています」 店長の言葉で、朝礼に参加したイマダ電機札幌丘珠店」のスタッフの表情は厳しくなった。 「...皆さんもご存じの通り、『改正育児・介護休業法』により、小学校3年生までの子供を養育している場合、兵役訓練と徴兵は免除されます。この店30代前半の男性社員は幸い、ほぼ、全員未就学児を養育中です。 ただ、20代は・・・」 一斉に、皆の視線が、20代男性社員に視線が注ががれた。遅番朝礼に参加しているこの店で20代の男性社員は、黒物(テレビ・レコーダー・オーディオ)担当の「成瀬」と、デジタル(パソコン・タブレット)担当の「川上」、白物(冷蔵庫・洗濯機など)担当の「佐藤」の3名だった。 「…プライバシーに触れかねない問題で、心苦しい限りですが、徴兵されると、最悪、現在中国に実効支配されてしまっている沖縄・与那国島の最前線へ配置される可能性もあります。私はできれば、将来のある若い社員の命を守りたいと思ってしいます。つまり…」 40代前半のまるでサーファーのような日に焼けた店長の木場が、言葉に詰まるも、キッと20代の3名の社員を見据えて、言った。 「君たち3名は、この半年間で結婚して子供を作ってください。会社命令です」 「ヒー」といううなり声が、布袋様のようにぽっちゃり体系の眼鏡をかけた「佐藤」から漏れた。がりがりに痩せた根暗な「川上」はぶるぶる震えている。そして、おなじく黒縁の眼鏡をかけた毒舌で指名客が来たことがない 「成瀬」は、「ゲッ」と奇声を発した。 「会社を上げて、君たちの結婚・子育てを応援します。今日から、20代の男性独身スタッフは全員zoomで本社に新設された「こども家庭推進部」の担当と面談してもらいます。よろしくお願いします」 店長の言葉で、スタッフのアラフォー・アラフィフ社員は一斉に、拍手した。 「セクハラと言われても、若者の命を救うためには仕方ない!」 「みんな、若くて背も高いし、すぐに結婚できる!彼女もいるでしょう!」 口々に、世話好きのおばさんのように成瀬たちを激励し始めた。 あまりの衝撃に、呆然とする成瀬であった。
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