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帰宅後、何もしたくない男
衝撃も冷めやらぬうちに、遅番の成瀬が売り場に入ると、先輩の男性社員「鶴田」(デジタル担当)が声をかけてきた。
「成瀬くん、店長から聞いたよ。当分、20代独身男性スタッフは、婚活のために早番オンリーのシフトに変更になったから。僕、代わりに遅番なるね」
「ウゲッ。ああああああああ。なんで独身の先輩が圧力をかけてくるんですか。昭和ですか。戦前まで結婚したくない若者がメジャーで、子持ち様をディスってたのに、ひ、ひでええ」
「うーん。僕だって、気が引けるけど、会社命令だしね。それに人命のためだし」
鶴田はおおきなおしりをぶるんぶるんと揺らしながら、答えた。
体重100キロは超す巨体のせいか、アラフォーでも独身で、子連れで出戻ってきた妹と両親と家を新築し、一緒に暮らしている。
「日本国中、徴兵逃れに出産・結婚ラッシュ、あり得ねえ。世の中、狂ってますよ。俺は、家に帰ったら何もしたくないんですよ。帰宅後、家事と育児は折半なんて想像しただけで地獄です」成瀬は絞り出すように言った。
「大丈夫。成瀬くんは身長も高いし、眼鏡を外したらイケメンだから、すぐに結婚が決まるって。でも、どうしても結婚したくないなら、出戻りの姉妹とかいたら、扶養に入れてしまえば同じだよ。こどもオジも自宅を新築して、扶養家族がいれば、自立して孤独でもないし、成瀬くんに姉妹はいないの?」
「・・・俺、下に弟が一人で、姉妹はいません」引き攣ったように成瀬は言った。
「うーん。じゃ、やっぱり結婚するしかないよ。日本中、今までの非婚化が何だったのかと思うかのごとく、結婚・出産ラッシュだ。徴兵されて戦死するリスクを考えたら、誰だって結婚・育児を選択するね。おほほ」
鶴木は細い目をさらに細ませながら、悠然と言った。
ぴくぴくと眉間が引き攣らせた成瀬だった。
「鶴田さん、ご指名でドローンをお探しのお客様がいらっしゃいました。対応は入れますか?」フロア内無線に音声が流れる。
「はーい。今、行きます」と、鶴木はぶるんぶるんと、巨体を揺らしながら、行ってしまった。
「戦争に行くより、結婚して育児をするしかない。誰だってそうする。当たり前だ…」現実を受け入れつつある成瀬であった。
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