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『東京上空に突如として現れた未確認飛行物体は、いまだに浮遊したままです!皆さん、一刻も早く地下シェルターへ避難してください!!繰り返します……』
東京の自宅にあるテレビでその報道を妻と見ながら、俺は少しも慌てることなく晩御飯を食べていた。窓の外、上空は無数の未確認飛行物体で埋め尽くされている。世間が大パニックに陥っている最中に飲むお酒の格別さは、きっとこの瞬間しか味わえまい。
何を隠そう、俺は地球破壊計画を推し進める実行犯のリーダーとして、数年前にはるか彼方の惑星Xからこの星に派遣されたのだ。容姿だけ人間に変身して潜伏していたのだ。妻もその共犯だった。今夜この東京の街を貫き、地球の核をまるごと破壊することになっている。この地球は今、俺の手のひらで転がされているようなものだ。
「とうとう始まったな、これを食べたら計画通り彼らに攻撃の指示を出すとしよう」
「あなた…その前に今夜の晩御飯はどう?」
「これは新しいメニューだよね。新感覚の美味しさに身も心もとろけそうだよ」
「あなた…前に一度作ったことがあるのに覚えてないの?もう食べなくていいわ!!」
妻が突然怒るものだから、俺はパニックに陥ってしまう。いつも気をつけていたつもりなのだが、今日に限って軽口が出てしまった。攻撃の指示を出すにはテレパシーが必要だったが、精神が不安定だとテレパシーは使えなくなってしまう。俺の精神を不安定にさせるものは妻の逆鱗に触れる以外にはなかった。それだけが唯一の弱点だったのだ。妻の機嫌が悪いと俺は常に不安感に苛まれ精神が安定することはまずない。そして妻は一度機嫌を損ねるとかなりの間引きずるタイプだった。不機嫌をさらっと水に流してくれればいいのだが、まるで砂州のようにしぶとく堆積させてしまうのだ。このままでは地球破壊計画に支障をきたすかもしれない。精神的に不安定だと未確認飛行物体からのテレパシーも受信することができず、現場の状況も掴めない。
妻にひたすら謝ってはみたものの全く聞く耳を持ってくれず、部屋に閉じこもりっきりだ。彼女の中では地球破壊計画という壮大な使命でさえ、個人的不機嫌には勝てないというのだろうか。いずれにしてももう、妻が機嫌を取り戻してくれるのをひたすら待つしかなかった。
こうして未確認飛行物体は機能不全に陥ってしまう。指示がないことには全く動くことができない。そして当初の計画実行時間から遅れること数時間、ついに地球防衛軍のミサイル攻撃が始まる。その攻撃力は想定以上に凄まじく、未確認飛行物体が壊滅するのにそれほど時間はかからなかった。俺はその光景を見て更にパニックになり頭を抱えてしまう。
『みなさん!落ち着いてください。もうパニックになる必要はありません!!地球防衛軍の一致団結した総攻撃により、未確認飛行物体は壊滅した模様です!!』
テレビではセンセーショナルに報道している。もし惑星Xの本部に今回の大失態がバレてしまったら、俺は間違いなく懲罰処分をくらうだろう。そしてそれは妻も同じはずだった。
やっと部屋から出て来た妻に計画が大失敗に終わったことを告げようとすると、彼女はなぜか安堵の表情を浮かべてこう言ったのだ。
「些細なことで怒ってしまってごめんなさい。でもね、実は私の作戦だったの。数年暮らしてみて、わたしはこの星が大好きになった。自然がたくさんあって、美味しいものも食べられる。何より人間という種族に興味があるの。だから地球破壊計画を阻止するために、あなたをパニックにさせてテレパシーできないようにしてやったのよ」
まさか俺をパニックにさせることで、地球規模のパニックを収めるとは……。まんまと妻の手のひらで転がされていたわけだ。妻の秀逸な作戦と地球への深い愛に感服した俺は、これからもこの星に潜伏して二人で平穏に暮らすべく、惑星Xにテレパシーを送った。
『地球の破壊は必要なし。我々の脅威にあらず。共に手を取り合えば、きっと素敵な未来が待っているだろう。そのために引き続きこの星に潜伏し、もう少し調査を続けたい』
しばらくすると、本部からのテレバシーが返ってきた。
―― ピコポコ(了解した)――
俺はもう決して地球を手のひらで転がすようなことはしない。我々夫婦は調査を適当にさぼりながら、この美しい星で穏やかな日常を送るのだ。妻を怒らせないように気を付けながら、手のひらでうまく転がされていればいい。
【完】
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