願いを叶える猫

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 学校の帰り道、急に雨がふってきた。天気予報では晴れだって言ってたのに。かさなんて持ってきてないからランドセルを背中から頭の上にずらして、かさの代わりにして走った。もうちょっと行けばよく遊ぶ公園があるんだ。東屋っていう休けいする場所があって、そこなら雨宿りできる。初めはぽつぽつふっていた雨がざあざあと音を立ててふるようになって、ぼくは公園の東屋へ急いだ。頭の上で教科書やペンケースがガチャガチャ鳴る音が聞こえて、ちょっとうるさかった。  東屋にはだれもいなくって、空は灰色で、なんだか公園はいつもとくらべるとさみしい雰囲気だった。周りに植えられているアジサイや葉っぱの上にいるカタツムリ、近くで鳴いてるカエルだけがうれしそう。  ぼくはハンカチで体をふいて、それから木でできたベンチみたいないすにすわった。雨がやむまでなにもしないで待ってるのはひまだ。宿題でもしようかなあ。  そんなことを考えていると、公園の入口のほうからだれかが走ってきた。ぼくと同じで、頭がぬれないようにランドセルで守ってる。ガチャガチャ、ガチャガチャ。頭の上で音がしてる。雲が一つもない空みたいな、きれいな水色のランドセル。天使の羽みたいなもようがかいてあるそれは、東屋まで来ると静かになった。  その子がランドセルを頭からおろすと、ガチャガチャの代わりに「イセくんも雨宿りしてたんだね」と声がした。 「うん。かさを持ってきてなかったんだ。アイちゃんも?」  同じクラスのアイちゃんは、家が近い。この公園でもよくいっしょに遊ぶんだ。 「そう。朝の天気予報、はずれちゃったね」  アイちゃんはそう言いながらハンカチで体をふいている。水滴がついた髪の毛とか顔とか、半そでから伸びた真っ白なうでをハンカチがすべるのを見ているとなんだかちょっぴりドキドキして、わざと遠くのほうを見るようにした。 「イセくん、この東屋のうわさ知ってる?」 「うわさ? ネコの?」  話しかけられたものだから、ついアイちゃんのほうを見てしまった。けれどアイちゃんはもう体をふき終えていて、いすに寄りかかるようにしてすわっている。その様子に、今度はほっとした。  アイちゃんはぼくの答えにうなずくと、「会ってみたいなあ」とわくわくなにかを楽しみにするように笑った。  最近ぼくたちの小学校ではやっているネコのうわさ。  この公園の東屋に住む黒ネコは、会うと願いごとをかなえてくれるらしいんだ。でもめったに姿を見せなくて、会えたらラッキー! ぼくはまだ会ったことがないし、アイちゃんもそうみたい。 「願いをかなえてくれるなんて、本当かな」 「どうだろう。会ったことがある子、聞いたことないもんね」  いったい黒ネコのうわさなんてだれが広めたんだろう。ネコに会った人も、願いをかなえてもらった人も知らない。そうだったらいいな、なんて考えた人のつくり話なのかな。  うわさについて話しているうちにあんなにふっていた雨は弱くなって、もうすぐやみそうだった。「もうそろそろ帰れるかな」なんて見上げるアイちゃんとは反対に、ぼくはもう少しだけ二人きりの時間が続いたらいいなと思っていた。  そのときだ。  視界のはじっこをするんとなにかが通りすぎて、ぼくはそっちを見た。 「あっ!」  ぼくとアイちゃんがすわっているいすの向かい側に、つやつやした毛なみの黒ネコがいる。 「アイちゃん見て!」  ぼくが指さしたほうを見て、アイちゃんはわあっと声を上げた。ネコはぼくたちのことなんて興味ないみたいにいっしょうけんめい顔をあらっている。人になれているのかな。みんな会ったことがないのは、ここに住んでいるんじゃなくてどこかのおうちで飼われているからかもしれない。 「かわいいね」 「本当にいたんだね」  ぼくたちはしばらくネコを観察していたけれど、そのうちにアイちゃんが「ねえイセくん」とぼくの顔を見た。 「なに?」  アイちゃんの目はきらきらしていて、この前の日曜日にお父さんとお母さんといっしょに見に行ったプラネタリウムの空みたいだった。 「願いごと、してみない?」  なぜだかアイちゃんはぼくの耳元でひそひそと提案し、ぼくはまたちょっぴりドキドキしながら「うん」と言った。  願いをかなえてくれるネコのうわさに作法なんてなくて、ぼくたちはただ目をとじて、神様にお祈りするみたいに両手をむねの前で組んで願いごとをした。ぼくはさっき思ったこと――もう少しだけアイちゃんといっしょにいたい。あと五分だけ、雨がやまないでいてくれたらいいなってお願いしたんだ。  目をあけると、向かい側にいた黒ネコはぐうーっと伸びをした。 「願いごと、かなうかなあ」 「どうだろう」    弱くなっていたはずの雨はまた強くなって、風もふいてきた。風といっしょに入ってくる雨に当たらないように、ぼくたちはできるだけ近づいていすの真ん中あたりにすわる。ぼくの右うでとアイちゃんの左うでがぶつかって、それでもぼくたちはそのままくっついてすわっていた。初めはくっついているところがひんやりしているように感じたけれどだんだんと温かくなってきて、そのまま雨がやむまで話しながらすごしたんだ。  十分くらい経ったら雨はすっかりやんで、灰色だった空はアイちゃんのランドセルみたいな色になっていた。 「雨、やんだね」 「本当だ。帰ろっか」  二人それぞれにランドセルを背負う。 「イセくんはなにをお願いした?」 「えっ、ぼく!?」  アイちゃんともう少し二人でいたいってお願いした、なんて、はずかしくて言えない。なんと言ってごまかそうかともじもじしていたら、アイちゃんが「わたしはね」と切り出した。  ――イセくんと、あと五分でいいからいっしょにいたい。って、お願い、したよ。  ほんの少しほっぺを赤くして、アイちゃんはふふっと笑う。同い年のアイちゃんがちょっと大人っぽく見えて、なにも言えずにいるうちに、アイちゃんは東屋から駆け出した。ばいばい!と手を振るアイちゃんに「ぼくも! ぼくも同じ願いごとだよ!」と返すと、アイちゃんは振っていた手をさらに大きく振って、ランドセルをガチャガチャ言わせながら公園を出て行った。  アイちゃんが見えなくなるまで手を振りながら考える。ぼくたちが願いごとをしたあと雨が強くなって、やむまで十分くらいかかった。二人とも同じ願いなら、それがかなったなら、雨のふる時間は五分ずつ延びて十分になる。  まさかね、と思いながら振り返ると、いすの上で丸くなっていた黒ネコは、にゃあとひと鳴きしてどこかへ行っちゃった。  終
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