5.桐沖(きりおき)

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5.桐沖(きりおき)

 そう呟いたきり、彼は黙り込んでしまう。  今の質問はなんだったのだろう。意味がわからない。首を傾げつつ、恋歌は画面を見つめる。  眠くなるかな、と少し警戒もしていたけれど、突然の恋歌呼びとアップダウンの激しい映画の内容のせいで、眠気は襲ってこなかった。  続いて彼が選んだのはジャパニーズホラー。  主人公の少年とその妹は夏休み中、父方の祖母の家に預けられる。しかし預けられた祖母の村がある日、死霊に占拠されてしまう。朝が来なくなり、夜に閉ざされてしまった村をふたりは無事に脱出できるのか、という内容。  低予算で作られたらしい映画だが、ストーリーはしっかりしていてなかなか見ごたえがあった。あったが……正直、恋歌はまだ気もそぞろだった。  なんなんだろう。なにかがおかしい。なにが?  三本目はヒューマンドラマ。  今度の映画は、父親の会社倒産によって分かれ分かれになった家族が、数多の困難を乗り越え再会するという話……。 「あの、上野、さん」  史則を呼ぶと、ふっと眼鏡越しの瞳がこちらに向けられた。 「気のせい、でしょうか。兄妹が出て来る話ばっかりだったような」  史則は黙ったままだ。あの、と言いかけた恋歌の前で彼はつと立ち上がる。机に置かれた自分と恋歌の分のマグカップを持ってキッチンに向かう。  ほどなくして漂ってきたのは、甘いココアの香りだった。  レモンピールの清涼感で染まった部屋が、ココアの甘さへとその顔色を変えていく……。 「更科さんさ、俺のこと好きって、ほんと?」 「……は?!」  驚きすぎて声が完全に裏返った。  最初に浮かんだのは、なんで、だ。だが、このなんでは意味がない。多分バイト先の誰かに聞いたのだろう。そもそも恋歌は隠すことが得意じゃない。見ていりゃわかるよ、とすみれにもいつも呆れた顔をされているのだから。  むしろ考えるべきは今、この瞬間、どう答えるのが正解か、という点だ。  そんなことないです、と言えば、そうなんだ、で終わる。  じゃあ、好きです、と言ったら? ……いろいろな意味で、これまた終わる気がする。 「どうぞ」  耳を柔らかく包むような美声が隣で聞こえ、ことん、とカップが目の前に置かれる。一際強く香るココアの香りに寝不足の頭がしびれた。 「好き、です」  気が付いたらそう言っていた。顔を上げられないままに恋歌は口を必死に動かす。 「上野さんのこと、私、ずっと好きで。特にその、声が……ずっと」 「だから君、俺が注意してるとき、目瞑って聞いてたの?」  おかしそうに彼が言う。欲望丸出しでお説教を甘受していた自分に顔が赤くなるのを止められない。体を小さくする恋歌の傍らで、彼はココアを口に運んでいる。 「ううんと、そうだな……俺、父親が中学のとき亡くなって、祖母に育てられたから上野って苗字なんだけど。旧姓は桐沖って言うんだよ」  さらりと落ちた声に恋歌は思わず顔を上げた。  桐沖。 「知らない? この名前」
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