age1開かれた扉     第6話 前夜

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     age1開かれた扉     第6話 前夜

里の見張り台。 里の中で、はっきりと建造物らしいのはここだけだ。 僅かに触れただけでも、ギシギシと鳴る音が年月を感じさせる。 「アイリ」 見張り台の上に一人でいるアイリを見つけて、ブライアンは下から声をかけた。アイリは空を眺めながら、どこかぼうっとして虚な様子だ。 「お兄ちゃん」 「もう寝ないと。こんな遅くまで風に当たっていたら、体にさわるぞ」 星が輝く時間だ。明日旅立つアイリを励ますかのように、いつもにも増して輝いている。 美しい光景だが、夜風は高台だとびゅううと強さを増す。風の冷たさが肌に染みた。 「それに、明日にはもうここを出るんだ。早いんだろ? 明日に備えて、ちゃんと休まないと」 「……」 「アイリ?」 アイリはどこか落ち着かない様子で、また天を見上げた。空には満天の星空。 ──この空の景色も、都会へ行けば当分目にすることはない。何度も目にした、この星の輝きも。 「寝ないといけないって分かってる、分かってるんだけど」 しかし、感じるのは寂しさばかりではない。 「なんだかこう……ワクワクしてる。見て、手のひらがおかしいよ。震えて止まらないの」 アイリはそっと手のひらをブライアンに見せる。手のひらが震え、感覚を失くしたようだ。 この里から足を踏み出した事のないアイリには、これから見る世界が想像つかない。 生まれてから目にしてきたのは、この里の景色だけ。ついに明日、違う景色を見るのだ。 「色んなこと考えたら、全然眠れなくて」 もう明日には、この里から出て行くのに。寂しさよりきっと、これからへの期待の方が大きい。 「──ねぇねぇ、レッシャって大きいの? レッシャに乗るんでしょ。レッシャってどうやって動くの? びゅーんって、あっという間に着いちゃうよね。そうだ、街ってどんな所なんだろ! たくさんお(うち)があるんだよね、綺麗だろうなぁ」 どんどん言葉が溢れて止まらない。期待に胸を膨らませ、早口ではしゃぐアイリに、ブライアンも笑みを浮かべる。 「どうだろうな」 「新しい家、素敵だといいな」 今の穴ぐらより広いのかな、壁はどんな色をしてるんだろ。 あと気になるのは、人だ。アイリは、里以外の人間と会ったことが無い。 「街の人はどんな人達なんだろ。もしかして、みーんな背が高いのかな。そうじゃなくて、小人さんみたいに小さいとか? ほら、『ワルルくんのぼうけん』って本に出てきたでしょ?」 それは流石に、俺達と同じ見た目してるよ。 そう答えようとしたブライアンだが、言ってしまっては野暮かと口をつぐむ。 「団の人達は? みんな、里のみんなみたいに優しいのかな」 「さぁ、どうだろうな」 「仲良くしてくれるのかな」 呑気だな、とブライアンは笑みをこぼす。 この子には他に心配する事が、山ほどあるだろうに。 色んな事を考え始めたらキリがない。これでは、アイリの体が冷えていくだけだ。ブライアンはそっと、アイリに衣を被せた。 「もう帰らないと」 「でも」 「──アイリ、新しい街でどう過ごしていくのか、何を見つけるのか、それは全てアイリ次第だ。もしアイリにとってよくない居場所なら、そんな居場所は変えてしまえばいい」 少し乱暴な言い回しだったかもしれない。アイリも少し驚いたのか、目を見開く。 「な?……だから、きっと大丈夫だ」 アイリはブライアンをマジマジと見つめていたが、すぐに笑顔になった。 「大丈夫、アイリは大丈夫だよ。だってお兄ちゃんが一緒なんだもん、楽しみなんだ」 はっきりとそう返され、思わず気恥ずかしくなる。 「あれ?」 アイリとブライアンの周りに、生暖かい影が次々と立ち昇る。 「ほらほら、来たぞ」 「みんな!」 それは何人もの人の姿となり、皆が二人に向かって微笑みかけてきた。アイリは嬉しくなり、両手で大きく手を振る。 みんな、大切な知り合い達だ。名前も知らない知り合い達。 そうだ、彼等とも会えなくなるかもしれない。 「いってらっしゃい、って言ってくれてるの?」 アイリが尋ねると皆頷いてくれるが、同時に心配そうな顔も二人に向けてくる。 アイリだけではなく、ブライアンにも。 「おいおい、俺は大丈夫だろ。何を心配しているんだ」 苦笑しながら軽く返すが、彼等は疑うように首をかしげる。今度は全員で、ブライアンを取り囲み始めた。 「大丈夫だって!」 慌てる兄の姿は久しぶりで、アイリはふふ、と笑顔になる。兄も、彼等と長く接してきた。 「……ほら、もう休もう」 「みんな、おやすみなさい」 ブライアンは再びアイリを促し、一緒に見張り台から降りたのだった。 知り合い達も、二人の後ろ姿を見届けると、里の山に消えていった。
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