21人が本棚に入れています
本棚に追加
age1開かれた扉 第8話 待ち人
「やっと来たー! 心配したじゃないか!」
ようやくミニャの像にたどり着いたアイリに対し、出迎えた待ち合わせ相手の第一声がそれだった。
明らかな遅刻で、アイリはその人物に向かってペコペコ頭を下げるしかない。
ミニャの女神像は、想像よりも小さかった。天に祈るようなポーズをしている。駅の設計者の娘が、モデルになっているらしい。
「すみません、遅くなりました!」
「アイリ君、だよね?」
「はい! アイリです!」
「初めまして、アイリ君。ハーショウだ」
ハーショウ、というその人は30代後半ぐらいだろうか。大柄で、落ち着いた印象の細い切れ目。
大人の雰囲気を醸し出し、厚い布のスーツをビシッと着こなしていた。そのスーツは一体、どうやって手に入れるのだろう。
行こうか、とアイリに促すと、ハーショウは先を歩きだす。
「少し歩くけどごめんね、目的地はここからそうはかからないから」
「はい!」
ハーショウに続いて並木道を抜け出し、街の景色が視界一杯に広がる。そのカラフルで華やかな街並みに、アイリは目をパッと輝かせた。
「わぁ!」
美しい街だ。レンガの漆喰で彩られた、艶やかな色とりどりの建物。笑いながら行き交う人々。
あらゆる家や店が、華やかに軒を連ねる。何か準備をしているのだろう、慌ただしい雰囲気だ。
「ほい、そこ並べて〜!」
「あいよっ」
「あ、そっちが先だ」
軽快で明るい声が飛び交う。
街の人々は里の者達とは違い、それぞれお洒落な格好を着こなす。一方アイリは、里にいた時と同じクレエールの民族服。
慌ただしい中でも、皆がチラッとアイリに視線を向ける。お洒落なこの街の人々から見れば、アイリの服装は浮いているのだろうか。
ここで暮らしている人達……。
「あ!」
道中、小さい子供達が固まってこちらを観察していた。何か気になるのか、眼をギョロッとさせている。
アイリは嬉しそうに、彼等に駆け寄っていく。
「アイリ君、どうしたんだい? そっちじゃないよ」
「こんにちは、アイリです!」
「!!」
こちらに話しかけてきたアイリに、子供達は戸惑った様子で目を見合わせる。
「嬉しいな、この街にもいるんだ」
──よろしくね。
子供達は目をパチクリさせていたが、すぐに察したらしい。揃ってニマッと笑い、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
はしゃぐ彼等に、アイリもいっぱいの笑顔を向けて返す。
「ア、アイリ君? あの、誰もいないようだけど、誰と話してるんだい?」
顔を引きつらせるハーショウの目には、子供達の姿は映らない。ただ、家の壁が映るだけだ。
アイリはごめんなさい、と返すと、慌ててハーショウに追いつく。子供達に手を振りながら。
「挨拶していました」
「あ、あいさつぅ?」
誰に挨拶していたのか、ハーショウは尋ねるのをやめた。冷や汗を流し、さりげなく目を逸らす。
アイリはすっかり上機嫌だ。
「アイリ君は、僕のことはなんて聞いている? クレエールの当主は、僕のことどんな風に言ってたのかな」
クレエールの当主、と言われても、一瞬誰のことだか分からなかった。長老のことだ。
「えっと……セイフの人で、団のチュウカイ? をしている人だって」
口に出すのに、まだ慣れない単語。
ハーショウはアイリの答えがおかしかったのか、フフ、と笑いだす。
「ちょーっと、違うかな。僕は、政府の異能機関の人間でね。そういった異能の力を調べて、管轄する部署に属しているんだ」
「イノウ、キカン、カンカツ、ブショ……?」
「分かりにくかったかな。要はエイドリアンの実態を知り、その能力を生かす為に動いているんだよ。団の運営にも関わってる」
知らない言葉の羅列に、アイリは目を白黒させるが、ハーショウは構わず淡々と続ける。
「その為に、僕は各地から団員にふさわしい子を探しているんだよ」
「……!」
ハーショウは、団員を探してくる役目の人だったのだ。ハーショウはもう何年も、団員のスカウトを行なっているらしい。
「自慢じゃないけど、今の団員は全員僕が連れてきたんだよ。一人を除いてね」
その一人が、どういう人なのかは気になる。何年もと言っているあたり、若く見えるが、もう少し年齢が上なのだろうか。
「ハーショウさんって、偉い人なんですね」
アイリが感嘆してそう言うと、ハーショウは愉快そうに笑い出した。
「それほどでもないよ。色々な団員を見てきたから、能力の知識には自信があるさ。アイリ君の能力は、どうせみんな知ってるだろうけど」
アイリは思わず立ち止まる。 少し動揺した様子のアイリに、ハーショウは首をかしげた。
「──みんな知ってる?」
「ん、驚くほどかい? クレエールの能力は有名なんだよ」
「有名だなんて」
街の人々に、既に知られているなんて。クレエールの能力は、それほど有名なのか。
今まで聞いたことが無かった、長老からも。
「そりゃそうだよ。僕のようなエイドリアン家系なら、尚更だ」
アイリは驚いて立ち止まり、ハーショウの方を見た。
今、僕のようなって。
「──ハーショウさんも、エイドリアンなんですか?」
ハーショウはニヤリと笑った。
「そりゃあ、そうじゃないと団員を集めるなんて出来ないよ。今も能力を使ってる。何の能力かは、うーん……ナイショにしとこうか」
「今も使ってるんですか?」
アイリはハーショウをジッと見てみた。特に、彼に特別な事が起こっているように見えない。どういう能力なのだろうか。
「僕の能力は、ずっと垂れ流しなんだよ。それは珍しいことじゃない。今の団員にも一人、ずっと能力を出したままの人がいるよ」
これがなかなか大変だ、という。疲れてしまうのだ。
「それだけ色んな能力があるってことさ、ほら」
話している間に、目的地に着いていたらしい。
ハーショウは、とある建物の前で立ち止まった。
「ようこそ! ここが剣の団の本拠地、パレスだ」
最初のコメントを投稿しよう!