13 火種

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13 火種

 新しい領主による領地経営は概ね上手くいっているようで、領内は以前より俄かに活気付いているらしい。  らしい、というのはこれがハワード男爵家の使用人たちから聞き齧った情報で、マリーには相変わらず外のことがよく分からないから。  マリーに分かっているのは、マイセンがジュリアとの仲を随分と深めていて、彼ら二人が最近頻繁に外出していることぐらい。高い笑い声が聞こえて窓辺へ寄ると、大抵そこには綺麗に着飾ったジュリアを従えたマイセンの姿があった。  これで良いのだと思う。  自分に出来ない妻の役目を、彼女が果たしてくれるなら、むしろ感謝するべきだ。田舎の両親はマリーが変わらずハワード男爵家で上手くやっていると信じているだろうし、自分とて食いっぱぐれることはない。 「………お聞きしたいのですが、」  マリーは落ち着かない気持ちのまま客人を見た。  何がおかしいのか今日も穏やかな微笑みを浮かべる男は長い脚を組んでこちらを見遣る。何を考えているのか分からない青い瞳を覗き込む勇気は出なかった。 「ガーランド伯爵は何故話し相手に私を指名されたのですか?必要であれば書庫までご案内しますが」 「他人の家に来てまで本は読みたくないものでね。生憎タイミングが悪かったようでマイセンくんは不在のようだから、少しだけ相手をしてくれないか?」 「私は平民の出です。伯爵が面白いと思うような話が出来るとは……」 「すまないが、紅茶のお代わりをいただいても?」  ネイトはマリーの言葉に答えず、カップを指差して、壁際に立つメイドにそう言った。メイドの女は顔を赤らめてそそくさと部屋を去る。再び静寂が部屋に戻って来た。 「さて、これで気を遣わずに話せるかな。大切な男爵令息の妻を見知らぬ男と二人にするとは、この家はなかなかガードが緩い」 「………皆は、私に価値がないと分かっているのよ」 「うーん、どうかなぁ。あまりそんなことを口にするもんじゃないよ。嫌味に聞こえる場合もある」 「?」  ネイトは窓の外を見ていた。  視線を追うと、ようやく帰って来たのかマイセンが焦った様子でジュリアを引き連れてこちらへ歩いて来る。今日の愛人は白い大きな帽子を被っていて、その自信に満ちた佇まいは完全に妻のそれだった。 「もう十分に分かったはずです。貴方が私に取り入ろうとしたところで、何も得るものはないわ」  マリーは苛々しながら膝の上に置いた手を見た。  何も掴めない小さな手。無力の象徴。 「君はやはり勘違いしているようだね」 「勘違い……?」 「俺はべつにマイセン・ハワードとの関係を確固たるものにしたいわけじゃない。有難いことに伯爵という爵位をもらった今、格下の男爵家に媚び諂う必要はない」 「じゃあどうして、」 「どうしてだと思う?逃げることも、立ち向かうことも出来ない君だって、考えることは出来るだろう。そんなに難しいクイズではないと思うけど」  そう言ってネイトは薄く笑った。  その時、バタバタと騒がしい足音がこちらに近付いて来るのが聞こえた。マリーは咄嗟に部屋の入り口の方を振り返る。マイセンがじきに顔を出すはずだ。  しかし、意識は扉から引き剥がされた。膝に置いていた手がするりと持ち上げられ、宙に浮く。驚いて目を向けたマリーは、ネイトがその先で自分の手の甲に口付けるのを見た。 「マリー、俺は君のほしいものを与えることが出来る。だけどそのためには、君の選択が必要だ」
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