リバース

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「本日はよろしくお願い致します」  『世界一の極悪人』であるキング・ストロンゲスト氏へのインタビューをすることになった僕は、パニックになりそうな感情を必死に抑えながら声を発した。  インタビューをするにあたって、この高級マンションAの地下室には組織の連中100人程が集まっていた。地下室の中央に置かれたテーブルに僕とキング・ストロンゲスト氏が向かい合って座り、周囲に大勢の組織のメンバーが群がる。 「おいおい、そんなに緊張すんなって。パーティーみたいな軽いノリで訊いてくれよ。シラけた雰囲気が一番嫌いなんだよ。だって、俺は。…おい、ミドルストロング答えろ。俺は誰だ?」  組織のNo.2であるミドルストロング氏が「世界一の極悪人、キング・ストロンゲスト様でございます」と即答した。 「正解だ」  キング・ストロンゲスト氏が満足そうに、高級なテーブルの上に載っているウイスキーらしき液体が入ったグラスを持ち上げて、一口飲んだ。  その他大勢の連中は「さすがです」「即答でしたね」「No.2の頭脳派ぶりには恐れ入ります」などと感心しながら拍手をした。 「えーと、名前は、A新聞社のマイケル君だな。あんたも飲むかい?」  キング・ストロンゲスト氏は、空いているグラスを側近に持ってこさせて、ウイスキーらしき液体を注ぎ、僕の目の前にポンと置いた。 「せっかくですが、仕事中なのでご遠慮します」 「はあーん?」  キング・ストロンゲスト氏が眉間に皺を寄せる。  しまった! きっと、この「はあーん?」は「ふざけんな!」の意味に違いない。ああ、どうしよう。僕はパニックになりそうになる。が、大きく深呼吸をして平常心を保つ。 「是非、飲ませて下さい」  僕は、酒が好きで好きでたまらないキャラを精一杯作ってハキハキとした口調で言った。 「はあーん?」  またしても、キング・ストロンゲスト氏が眉間に皺を寄せる。  おい! 時間を戻す能力があるのか、コイツは! また「はあーん?」が出たぞ。飲まないと答えても駄目、飲むと答えても駄目なんて酷すぎるじゃないか。が、さすが世界一の極悪人だけのことはある。きっと、どんな選択肢を選んでも不正解にするつもりなのだろう。悪すぎる。   キング・ストロンゲスト氏が組織のNo.2であるミドルストロング氏に目配せをして、ミドルストロング氏が頷いて地下室のドアを開け、外に出た。  ああ、これは物騒なモノを持って来るんだな。そして、僕は速やかに始末されるんだ。なぜか? それは、僕がキング・ストロンゲスト氏のご機嫌を損ねたからだ。その場にいる誰も、一言も喋らない。 「ボス、持ってきました」  ミドルストロング氏が戻ってきた。戻ってくるまで数分の時間だったが、パニックになりそうな僕にとっては永遠にも思えた。その間、ずっと俯いていた。    肩を叩かれて、ビクッとした。顔を上げるとミドルストロング氏が微笑みながらグラスをカタッとテーブルに置いた。 「麦茶でもいいですか?」とミドルストロング氏。 「ありがとうございます!」と僕。 「考えたら、仕事中の人に酒を無理やり飲ませるのはいけねぇよな」とキング・ストロンゲスト氏。  酒を飲めない僕に気を遣ってくれたキング・ストロンゲスト氏。意外と優しい一面があることに驚いた。  しかし、もう二度とキング・ストロンゲスト氏が「はあーん?」と言うのを聞きたくなかった僕は、自分の体の細胞の隅々に「おいマイケル、決してヘマをするなよ」という念を送った。 「俺はよ、嫌いなんだ」  キング・ストロンゲスト氏が、遥か遠くの方を見ながら言った。僕は黙ったまま、次の言葉を待つ。 「マイケル君、どうして口を閉ざしているんだ? ここは『何が嫌いなんですか?』って聞くところだろ。会話のキャッチボールを途切れさせちゃいけないよ」  酔いが回り、顔が真っ赤になったキング・ストロンゲスト氏が諭すように言った。 「何が嫌いなんですか?」 「俺が言った例文をそのまま使うなよ。少しはアレンジしろ」    なんて面倒くさい奴なんだ。しかし、相手は世界一の極悪人であるキング・ストロンゲスト氏だ。「お前ぇ、面倒くせえ奴だな」なんて口が裂けても言えない。 「一体、何が嫌いなのでしょう?」  僕は、睨むキング・ストロンゲスト氏と目が合う。パニックになりそうになる。が、大きく深呼吸をして平常心を保つ。 「よし、いいアレンジだ。じゃあ答えてやろう。俺が嫌いなのはアルハラってやつさ。場がシラケるからな」 「そ、そうですよね」  僕は、とりあえず麦茶を一口すすった。   「ああ。じゃあ、そろそろインタビューしてくれよ。何でも答えるぜ」  キング・ストロンゲスト氏が指をパチンと鳴らす。 何でも? 僕は場の空気感の安全を入念にチェックしてから、一番訊きたかった「危険物質MQZQQを隠し持っているという噂がありますが、本当でしょうか?」という質問をした。ごく自然にだ。 「ああ、このテーブルの下に袋に詰めて貼り付けてあるぜ」  キング・ストロンゲスト氏は即答した。そして、信じられないことにテーブルを片手でひっくり返して「ここだよ」と袋を指差してアピールしてきた。  噂は本当だったんだ。  僕は勇気を出して上着のポケットに隠していた通信機器のボタンを押す。地下室のドアがノックされる合図とともに「捜査官だ! 両手を挙げろ!」と叫んだ。  組織の連中は大パニックになる。直後、大勢の特殊部隊員が地下室に入ってきた。  隊員に取り押さえられながら、悲しげに僕を見るキング・ストロンゲスト氏が「まんまと騙されたぜ。また飲もうぜ」と言った。    僕は、親しみを感じ始めていた世界一の極悪人に何か言おうと思ったが、隊員に促されて無言のまま地下室を後にした。    (了)       
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