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 卵吉(らんきち)とは随分風変りだが、これほど体を現す名には滅多にお目にかかれないと(あきら)は思った。  パリッとした制服は紺を基調とし、清潔感がある。上下のきちんとした折り目は、持ち主の几帳面さをうかがわせた。黒い革靴に白い手袋、そして同じく白い帽子は、タクシー運転手という職業をピッタリと表現している。  帽子の下の顔が卵のようにつるりとしていなければ、まるで普通の運転手だ。 「そ、それで、あの、受けていただけますでしょうか」  どこから声が出ているのか知れないが、のっぺらぼうはもじもじと恥ずかしそうに言葉をどもらせた。  狭い店内には、所狭しと異形の物品が並べられている。棚にはケセランパサランの入った瓶に、白く大きな河童の皿。壁には鵺の毛皮が飾られ、カウンターの脇にある鉢ではマンドラゴラが顔をくしゃくしゃにしている。  怪異の訪れる店、「なばり屋」を営む東雲(しののめ)(あきら)は、「要するに」とカウンターの内側で腕を組んだ。 「惚れた女の居場所を調べてほしいってことか」  ひゃっと女の子のような声を出し、のっぺらぼうは手袋の両手で頬の場所を抑えた。肌がほんのりピンクに染まっているのは錯覚ではないだろう。  卵吉は幽霊タクシーの運転手だ。しかし先日、誤って人間の客を乗せてしまったという。つるつるの顔を見せて相手を驚かせる度胸のない卵吉は、必死に帽子の下に何も無い顔を隠しつつ、バックミラーをちらりと見て衝撃を受けた。それは衝撃としか表現しようのない感覚だと力説した。  客の若い女の顔を見た途端、一目惚れしてしまったという。 「生憎だがな、うちは探偵じゃないんだ」なばり屋では報酬のいかんで、頼みごとも受け入れている。だが、タクシー客として乗せただけの女を捜し当てられるわけがない。「無理だ」と無碍なく突っぱねる。 「そこを、なんとかなりませんでしょうか……」 「ならんな」  意を決した風に、卵吉は制服のポケットに差し込んだ手を、カウンターの上で開いた。 「これで、どうにか見つけられないですか」  丸みを帯びた金色の四角柱、それが化粧品などに全く縁のない彰にも口紅であるとは察せられた。 「もしや……」 「盗んだとかではありません」卵吉は白い両手を卵の顔の前で大袈裟に振る。「あの人が、忘れていったんです。シートの上に」 「そんで、これでどうしろって」 「何か、思念……を追えると聞きまして。もしかしたら、この口紅からあの女性の居場所を突き止められるのではと……」  のっぺらぼうの視線は彰を逸れ、カウンターの横で大人しく話を聞いていた少年の方に向く。まだ中学生ほどの風貌の(ひいらぎ)晴斗(はると)は、大人しく雷獣の牙を数えていた手を止めた。 「いや、そんな話は」 「やってみます」  彰が面倒がって断る前に、晴斗は返事をして卵吉の隣りに立った。彰のうんざりした視線を無視し、触っていいかと卵吉に問う。晴斗は物や空間に宿る残留思念を見て感じることができるのだ。どうぞどうぞと卵吉が示す口紅を、彼はそっと両手で包み込んだ。細い指先でゆっくりとなぞり、再び手で軽く包む。時間をかけ、そこに残るものを丁寧に読み取っていく。彼には、のっぺらぼうの緊張の眼差しが刺すように感じられた。 「卵吉さん自身の気が、すごく強いです」 「あんた、自分で使ったんじゃ……」 「持っていただけです、持っていただけ!」  弁解し慌てる卵吉を制するように、晴斗は続ける。 「でも、少しだけ違う念が混ざってる。多分それが、持ち主のものです」  はっと肩を震わせ、のっぺらぼうが身を乗り出した。 「そ、それじゃあ、つまり」 「お店……デパートかな。喜んでこれを手にしてる姿がある。何かの記念に買った大事なものだから、思い入れがあるんでしょう」
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