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 晴斗が口にする女の風貌は、卵吉の記憶にあるものとぴたり一致した。明るい茶に染め、ウェーブさせた長い髪。やや厚めの唇。奥二重の目元に、耳には小さなピアスが光っている。卵吉の訴えでは、淡い桃色のスーツ姿の彼女はタクシーの中で、手鏡に向かい口紅で唇をなぞっていたという。 「でも、分かるのは顔だけだろ。それで住所や名前が分かるわけでなし」  カウンターで行儀悪く頬杖をつく彰がぼやくと、正面ののっぺらぼうは見る間に気落ちし肩を落とす。顔があればとんでもなく落ち込んだ表情をしているだろう。 「まあ、そんな気落ちすんなって。そもそも、相手は生きた人間だぞ。どうにかできるもんじゃない」 「住所、わかるかも」  晴斗の言葉に彰は目を丸くし、卵吉は素っ頓狂な声をあげた。 「ど、どうして住所が?」 「紙に名前や住所を書いてる……」晴斗は細めた目で手の中の口紅をじっと見つめ、眉間に皺をよせ難しい顔をする。「もう少しよく見たら、わかりそう」 「ハル、あのなあ」  晴斗に悪気がないことは重々承知している。彼は落ち込むのっぺらぼうへの親切心で力を貸しているだけだ。だが、妖怪と人間の恋愛だなんてそうそう上手くいくわけがない。そのうえ、これはただの片想いだ。切ない思い出として諦めさせてやるのが上手いやり方だろうに。  彰の考えが通じたのか、晴斗は顔を上げ、若干すまなさそうな顔をした。 「……この人の居場所がわかって、どうするんですか」 「そうだ、まさか付き合ってくれなんて言えるはずがないだろ」 「滅相もない!」  架空の鼻息荒く、卵吉は興奮を隠しきれないまま握りしめた片手を振った。 「そんなおこがましいことは言いません、ただひと目見たいんです!」 「本当か? あわよくばなんて思ってないだろうな」 「当然思います!」  なんて素直な妖怪だろう。彰はため息をついた。 「諦めな、ひと目見ずに諦めるんだ。まだ傷は浅い」 「そんな、ここまで来て……」  縋るように、卵吉が二人へ交互に頭を振る。目で訴えているらしい。彰と晴斗は気まずく顔を合わせた。 「どうしてもだめですか」 「どうしてもだ」 「土下座して靴を舐めても?」 「どこでそんなこと覚えたんだよ」口もないだろとぼやく。  晴斗がカウンターにそっと口紅を置いた。それを見つめて卵吉は黙り込み、重苦しい沈黙が狭いなばり屋を満たす。 「……では、自分で見つけるしか方法はないってことですね」  決心した声音に、早まるなと彰はすかさず言葉を挟み込む。しかし卵吉はぶんぶんと頭を振り、傾いた帽子を手で押さえながら、尚も続ける。 「私はきっと見つけます。あの人を、地獄の閻魔様を問い詰めてでも居場所を探し当てます」 「おいおい、冗談……」 「冗談に見えますか」  ずいと突き出された何もない顔からは何も読み取れないが、気迫だけは確かだった。とんでもないやつだなと思う一方で、そういえばこいつは妖怪だったと思い出す。思いがけない方法で、ひと目見るより余程悪い結果を招くかもしれない。  後味が悪い。まさか殺傷沙汰にはならないだろうが、黙ってストーカーを誕生させるのは夢見が悪い。どうすると、晴斗がこちらに視線をやるのを視界の端に認め、彰はがしがしと自分の頭をかいた。 「あー、全く。ひと目だぞ。俺が誘い出してやるから、遠くからひと目だけだからな」  ぱああと光り輝くように、卵吉の顔が輝いたように見えた。ストーカー予備軍だなんて、質の悪い妖怪だ。よろしくお願いしますと、のっぺらぼうは深々と頭を下げた。
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