2.オメガ搬送サービス side真白

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「真白さん。すみませんが目を見せて下さい」  その時にやっと、俺は、実際に床を這い回っていたんだということに気が付いた。  目にライトがあたって眩しい。眩しくて頭が痛い。  腹が立つ。 「真白さん、聞こえますか? 聞こえたら左手を挙げて下さい」  俺はうつ伏せの姿勢で左手を動かそうとした。降参、っていうポーズみたいだ。 「左手、触らせてくださいね」  彼女は俺の手首の端末を操作した。 「意識清明。バイタル問題無しです。真白さん、抑制剤持っていますか?」  あるわけないだろ、と言いたいのに、喉が上手く開かない。  ヒートなんて来たことなかった。  だからヒートを抑制する薬なんて、持ってない。  目に入ったのは、彼女の着ている水色のジャージ。胸元の白いロゴ。  それから彼女の顔。  きりっとした切れ長の目と薄い唇。  差し伸べられた手。  彼女の爪は短く切り揃えられていた。手のひらには水色の小さな錠剤。 「真白さん。では、これを」  俺は錠剤をにらみつけた。  唾を吐きかけてやりたかった。これを飲んだら、ヒートだってことを認めることになる。  腹が立つ。  なんで今さらヒートが来るんだ。  しかもこんな、アルファに囲まれた場所で。 「飲んで下さらないのなら、病院に搬送します。抑制剤を飲んで下さったら、ご自宅にお送りします」  病院なんて大嫌いだ。  医者なんて男も女もアルファばかりだ。  アルファだらけの医者にギラギラした目で見られて、股を開かされて、屈辱的な検査ばかりされる。  腹立ちまぎれに噛みつく勢いで彼女の手のひらから錠剤を奪い取った。舌で。 「OD錠ですから、すぐに口の中で溶けます」  薬は口の中で崩れた。 「苦えよ。バカ」  吐きそうに苦い。  飲み込もうにも吐き出そうにも、薬が舌に溶けて張り付く。  女の子がショルダーバッグからペットボトルを取り出した。  俺の上半身を支えながら、水を飲むように、と勧めてくる。  得体の知れない女の差し出す水なんか、飲みたくない。  わめいてやりたいのに体勢が変わったら、頭が重くて声も出ない。
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