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「この車椅子に彼を乗せればいいんですか?」
ふいに、だれか男の声。
前頭葉でタイムラグがあってから、トマの声だと分かる。
背後から俺の両肩に回される手。
熟れた果物の匂いが再び自分から立ち上る。
だめだ。
アルファに触れられるとチリチリする。
痛くて苦しくて、それでいて、撫で回されているみたいだ。
肌に触れる刺激に耐えかねて、俺は、トマの手を振り払った。また視界が赤くなる。
自分で立ち上がろうとしたけど、腹の中があまりに熱くて爆発してしまいそうで、怖くて足が動かせない。
女の子は表情を変えなかった。
「真白さん。これから車椅子に乗ります。私が、あなたの介助をします。身体に触れてもいいですか?」
ぐにゃぐにゃした脳の中が一部だけ冷やされる。
もやった視界の中、彼女の顔だけが近付いたり遠ざかったりする。
「私の首に手を回してもらえますか。体重を預けて欲しいんです。その方がやりやすいので」
俺はそのとおりにした。
不思議と迷いはなかった。
女の子に抱きつくみたいな姿勢になった。
ふ、と彼女の吐息が右耳にかかって、ジャージ越しに彼女の胸が感じられて、耳の後ろあたりから音が遠のいた。
耳鳴りの直前に真空になる、みたいな。
彼女が俺のボトムスのウエストあたりに手をかけ、ぐっと引き上げた。
彼女の太腿は俺の足の間にあった。
それは逃れられないほど狂おしい浮遊の瞬間だった。
女の子の胸に引き寄せられ、女の子の太腿で下腹部を擦り上げられて、俺は一瞬宙に浮いた。
「ほら。もう大丈夫。上手でしたよ」
上手、と言われた瞬間には車椅子の座面にお尻がついていた。
手指や、背中や下肢の感覚が正常に戻ってきて、目にかかっていたフィルターが取り去られる。
ものがはっきり見え始める。
甘すぎる余韻に震え、俺は彼女にしがみついた。
どうなってしまったか見なくても分かる。
施設で、強制的に体液を採取されたことはあったから。
俺の下着の中は、白い、粘っこいもので、ぐしゃぐしゃだった。
「・・・・・・さいあく。もう、死にたい」
初対面の女の子に抱きあげられて、いっちゃうっていうか、出ちゃったっていうか。
これ以上に最悪な印象を与える出会いって、ないだろって思う。
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