3.ヒート side倫

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3.ヒート side倫

「かわいいわねえ。仔犬みたいに吠えるオメガだわ。こんなに倫ちゃんに懐いちゃって」  麻子先輩がこそっと私にささやく。 「犬じゃねえ。バーカ」  こういうところは、しっかり聞こえちゃってる。  きっちり言い返してくる。  真白さんの部屋までの搬送は、麻子先輩が運転を、私は真白さんの見守りを担当した。  原則としてヒート時搬送は二人で行う。オメガのクライエントが急な動きをすると危ないから。  真白さんが私の腕にしがみついたままなので、車椅子を積み込むのにも、私が補助椅子に座るのにも、手間がかかった。  少し離れるだけで、俺を置いていく気か、と血相を変える。 「リン。手。手出せよ。お前の手を俺のおでこに当てとけ。前頭葉がやばいんだよ」  こんなに王様みたいに態度の大きいオメガは初めて。  儚げで控えめで、声を殺してヒートに耐えている、みたいなオメガにしか会ったことがなかった。  真白さんが婚活に難航しているんだとしたら、その理由が分かる気がする。  真白さんの住むマンションの正面玄関前に搬送車を路駐した。  オートロックの正面玄関を開けるのに時間がかかった。鍵は真白さんのジャケットの胸ポケットから見付かった。  ヒート中に身体に触れられるのを嫌がるのはオメガの特徴だけど、真白さんは極端に騒々しかった。  触られるのは嫌がるくせに、私の腕や髪を命綱みたいにつかんでくる。  車椅子でエレベーターに乗り、部屋の前で車椅子から降りてもらった。  立ち上がりの介助はやりやすくなっていた。抑制剤が効いてきたのだろうか。  それにしては騒がしいままだけれど。  真白さんの部屋は1105号室だった。  カーテンの無い窓から見えるのは他のビルと他のマンションの窓。  この地域で十一階というのはそう高い建物じゃない。  ビルとビルの間の細いすき間からわずかに東京タワーがのぞいている。
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