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オメガ施設では色々なものを嗅がされた。
オメガがどんな匂いに反応するのか。
アルファの匂いを嗅ぎ分けられるか。
狂ったみたいに、盛りのついた動物みたいに、特定の匂いで発情するオメガたちの声音を覚えている。
甲高い声でアルファの医者に甘える。
どんな匂いにも、周囲の発情の気配にも、一ミリも反応しない俺は、落ちこぼれ認定されていた。
ジャージに鼻をつけて息を吸い込む。
自分の汗の匂いとあの子の匂いが混じり合っているのが分かる。
襟元と袖口のあたりの匂いが濃い。
涼し気なのに底の方がぴりっとしてて、吸い込んだ喉元にココアみたいな甘さを残す。
特別な匂い。
きっと他の人間なら気が付かない。オメガにしか感じ取れない、ベータには分からない匂い。
「クソ。なんだよこれ」
倫の匂いに触発され、がちがちに固くなった前に手を伸ばす。
左手で水色のジャージをつかんだまま、右手でスウエットパンツを引きずり下ろす。
昨夜あんなに何度も出したのに、まだ足りない。
前だけじゃなくて、後ろのくぼみにもじわじわと何か染み出してきているのが分かる。
回らない頭で彼女のジャージに自分の片腕を通す。腕を通しかけて、タグに目を留める。
頭の中がぐにゃぐにゃする。
自分の吐く息と吸う息だけが、がらんとした部屋の中に反響している。
タグはジャージの前身頃の内側に縫い付けられていた。
明朝体のパキッとした字でタグに刺繍があった。
小川 倫
「倫ちゃん?」
リンちゃん、と呼ばれていた。あの女の子。
そうか日本人だったか、と変に納得する。
妙に涼しげなたたずまいと口数の少なさが、日本語に慣れていない人みたいな印象だった。
「倫」
口に出すともどかしさがこみ上げてくる。
あの子の手が欲しい。触ってほしい。
優しく擦り上げて何度もいかせてほしい。
「……倫」
ジャージを床に転がし、自分も転がった。
倫のジャージの袖口に顔を押し付け、自分の手を、想像の中で倫の手に置き換える。
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