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彼女がうつむくと髪が一呼吸遅れてついていく。
水の気配がする。
歩道と車道で隔てられているのに分かる。
あの女の子の飲ませてくれた水は美味しかった。
ヒートを経験してから敏感になりすぎてる感覚が、あの子の水を察知する。
目からこぼれおちそうな水。
歩道の手すりから身を乗り出しかけてた俺の肩を引いて止めたのは、トマだった。
「真白。危ない。びっくりした。飛び出すかと思った」
横断歩道までは五十メートルくらい離れている。
こちら側から向こう側の歩道までは、交通量の多い車道を横断しなきゃ行かれない。
「だって、あいつ、泣いてる」
背中があんなに寂しそうなのに、なんで誰も気が付かないんだろう。
ただの風景か背景みたいに、誰も、彼女のことを気にもしない。通り過ぎていく。
どうして放っておけるんだろう。あんなに全身から水の気配を漂わせているのに。
もっと近付きたい。
確かめたい。ほんとうにあの子なんだと。
倫、という名前の響きは不思議だ。
熱くさせて、冷たくさせる。
その名を呼び起こすと、自分の中の渇きが呼び起こされる。
俺はあの子を、飲みたいんだ。
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