5.エンカウント side真白

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 倫が車に引き返そうとした。  あちらの歩道には手すりや柵がない。  こちら側にはある。手すり柵が、手かせ足かせみたいに感じられる。  あちら側に行けない。  それに俺の肩をトマの手が抑えている。  左右を確認してから運転席側に回ろうとして、倫はこちらを見た。  やっと見た。  車のバックドアに手を添えて、こちらを見て動きを止めた。  雨上がり、クモの糸に雨粒がぶら下がっているのを見たことがある。  風に吹かれていた。  細く細くきらきらした糸に、数滴の粒がくっついて一緒に揺れていた。  倫の目はあの時の雨粒みたいに見えた。  細い糸が、真っ直ぐに、俺に向かって放たれた。 「倫」  その名を呼んで自分を慰めた。何度も。  発した音に自分自身が共鳴する。 「真白。危ないよ」  トマが俺の肩に腕を回し、後ろから抱きとめる。  倫は俺を見て、おそらくトマを見て、また俺に視線を戻した。  唇が一文字に結ばれている。  倫は再び動き始めた。  手ぐしで髪をまとめ、結び直した。車の運転席側に回ろうとした。  俺から目を逸らして。  まるで何事もなかったふうに。  まるで俺と会ったことなんて、ないみたいに。  何も聞こえなかったみたいに。  倫は目を伏せて、運転席のドアを開けた。  横顔のあごの線がきれいで、目元がちょっと寂しげで、そんな一瞬一瞬を目に焼きつける。  俺は目を逸らすことなんて出来ないのに。
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