1.オメガ搬送サービス side倫

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 ロビーは花の香りがした。  南国のフルーツを思わせる甘ったるく重い花の香り。  控えめな照明の中に甘い香り。いるだけで酔ってしまいそうな空気が漂っている。  私はベータだからオメガの発するフェロモンは感じない。そのはず。  オメガのフェロモンはアルファにしか感じ取れないのだという。  フェロモンの匂いってこんな感じかなと思いながら、高級ホテルの床に車椅子を滑らせる。  一歩進むごとに見えない膜の内部に入り込んでいく感覚がある。  空気が肌にまとわりつく。  クライエントがどこにいるか、すぐに分かった。人だかりが出来ていた。  ホテルのロビーにふさわしくない怒声が聞こえる。  オメガの彼、真白さんは人だかりの真ん中にいた。 「めずらしい。元気なタイプね」  麻子先輩がほがらかともとれる口調で私に耳打ちした。  私は人だかりをかき分けるように車椅子を進めた。 「ざっけんじゃねえよ。俺に触るな!」  クライエントは、真白さんは、ラウンジの床を転がっていた。  七転八倒という言葉がよく似合う。ローテーブルやソファを蹴っ飛ばす勢いで、床の上でもがいていた。  私は車椅子のストッパーをかけてから、彼の近くにひざまずいた。  お腹に力を入れ、言葉をはっきりと押し出す。 「プリンスロイヤルサービスです」  真白さんは四つん這いに近い姿勢で私を振り仰いだ。  オメガ特有の、透き通るような白い頬に、涙のあと。  真白さんは黒い髪に黒い目をしていた。  まつげにも涙の粒がひっかかっていて、シャンデリアの光を反射していた。 「真白さんですね」  彼は、威嚇するような目で私を見返し、ひと言、吠えた。 「遅えんだよ!」
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