71人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
アルファというのは人間の最良企画の見本品みたいなものだ。
「真白はどっち?」
トマが俺の首筋に顔を近付けた。
うなじの匂いをかぐみたいに。
なんて答えたらいいんだろう。
発情しないオメガ?
一般人のベータだとはぐらかす?
それとも?
かすかな息苦しさがずっと続いている。
喉が渇いているのに目の前の水に手を伸ばすことをためらう。なぜだろう。
「真白って不思議だね。アルファにもオメガにも見える。真白がオメガなら僕は嬉しいな。僕たち運命かもしれない。そう思わない?」
運命って言葉、こんなにぽやぽやした響きだっただろうか。
押し黙る俺にさらにトマが近付く。こんなに距離近いヤツだったっけ?
そもそも通常の距離感ってものが分からない。
「俺がベータって可能性は?」
俺は、公式にも非公式にもハイスペックな男を見返す。
「擬態してるってこと? 僕は真白がベータでも構わないな。アルファに抱かれたいベータだっているよね」
香ばしい香りが強くなる。
もしかして俺は口説かれてるのか?
腰にトマの手が回される。
アルファの手。
「僕は真白を選びたい。僕を選んでよ。だってここ、そういう場でしょ。アルファとオメガがパートナーを探してる」
トマがいたずらっぽく俺の首筋に唇を付ける、真似をした。
熟れすぎたマンゴーみたいな匂いが自分の中から立ちのぼった。
喉が絞まり、下腹部が溶け落ちるような感覚。
ヒートだ、と分かった瞬間に膝から床に崩れ落ちた。
ヒートだ。疑いようがない。
雪崩みたいだ。避けられない天災みたいに圧倒される。熱に飲み込まれる。
頬に触れた床がヤスリみたいに顔面をただれさせる。熱くて痛い。痛い。
「くっそ」
なんでいまさら。なんでヒートなんて。
何度誘発剤を飲まされても一度も起こらなかったヒートがいまさら。
赤黒い視界に、トマの靴と床の間の、わずかな三角形のすき間が見えた。
アルファのせい?
最初のコメントを投稿しよう!