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魔法使いは「失敬」と言って、隣の席のサラリーマンの膝の上に座った。
「そなたは我々の住む"麺の国"を救う救世主なのじゃ」
「めんのくに……とは?」
すぐさまスマホでググってみるが有力な情報は得られない。
すると魔法使いは顎髭をさすりながら言った。
「今、我が国は"チョコミントの国"に侵食され始めておる」
チョコミント味のラーメンを想像してしまい、ぞわりと背筋が震える。
麺類とチョコミント……それは相入れないものだろう。
「麺の国を助けたいけど……でも私、今就活真っ只中で」
「ふむふむ」
「ほら、魔法使いって休みないんじゃないですか」
「そんな事はないぞ。年間休日120日以上じゃ」
「バリバリのホワイトじゃん……」
「そうじゃ、わしは白魔道士じゃと言っとるだろう」
「へい、おまち!」
予想外の白魔道士就職への道の誘惑に胸を押さえていると、すっかり存在を忘れきっていた店主が声を掛けてくる。
ハーフサイズのどんぶりには太めの麺とスープ、脂身の乗ったチャーシュー。
そしてご丁寧にも、別に用意した椀に盛られた野菜が卓の上に並ぶ。
「なんという適量……」
「美味しいもの、食べたい分を食べれるだけ。この世で最も贅沢な魔法じゃ」
私は割り箸を縦に割ると、さっそく麺を頬張った。
もちっとした中太麺によくスープが絡んで絶品だ。
「ゆっくり食べてものびない魔法も掛けておいたぞ」
「白魔法、至れり尽くせりね」
「どうじゃ、少しは習得してみる気になったか」
腕組みをしてこちらに体を傾けてくる魔法使いに、チャーシューに齧り付いたまま頷いて見せる。
時間をかけてラーメンを堪能し終えると、私は鞄から取り出した履歴書を魔法使いに突き出した。
「麺の国で雇ってください!!!」
「もちろんじゃ」
魔法使いは履歴書を受け取ると、ふぉっふぉっふぉと高らかに笑う。
「アブラカタブラ・カミラカベロ!」
魔法使いが今度は杖を空へとかざすと、ラーメン二十四郎の店の天井を突き破って、天から一本の中太麺が伸びてきた。
「これを辿っていくと麺の国へと辿り着けるぞ」
「めちゃくちゃ体育会系……なんか今時の異世界転生的な感じじゃないの」
「転生など邪道じゃ。ほれ、麺がのびないうちに登るのじゃ」
魔法使いはそう告げると、中太麺を両手で掴んで颯爽とよじ登っていく。
私のモチベーションはこの時点で著しく下がっていた。
しぶしぶ中太麺を掴むと、見よう見まねで登っていく。
どれくらい時間が経ったろうか、腕が痺れてきて感覚がない。
恐ろしくて、もう下の景色は見ないようにしていた。
「そういや、まだ話しとらんかったが」
こちらを見下ろしながら、魔法使いがふと口を開いた。
「我が麺の国では、みなし残業代が月45時間で、超過分の残業代は支給なしじゃ」
「……すみません、今回は辞退させてください」
すん、としながら返答すると魔法使いはあっけらかんと言い放った。
「構わんが、そなたの転生先はラーメン二十四郎の丼の中じゃよ」
完。
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