ドッペル家族

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「失礼かもしれませんが、年はおいくつですか?」 今日、初めて共に仕事をする事になった相手に、軽い興味本位で聞いてみる。 見た目は自分の母親ぐらいだろうか、何処となく母と雰囲気も似ている。 「何歳だと思う?」 ありがちな聞き返され方をしてしまったが、ここは素直に最初に感じた印象通りに答えよう。 「母と同じぐらいだと思っていたので、61ですか?」 「すごい!一発で当てられた人初めてだよ!」 その人は驚き、嬉しそうに手を叩いた。 勤務中であるにも関わらず、この様にくだらない会話に花を咲かせていても、我々を注意する人は1人もいないのには訳がある。 私たちが今行っているのは単発の派遣で、人が行き交う大通りでただビラを配っているだけなのだ。 様子を見に来る人も居らず、歩合制でなく時給制の為、そもそもモチベーションが上がらない。 だからこそ、少しでも気分を上げる為に世間話は欠かせない。 「娘さんが居るって言ってましたよね?年齢を聞いても?」 「今年で33歳になるわよ」 「え、私も今年33です!」 「うっそ怖い!」 年齢の話でここまで盛り上がった事があるだろうか。 いや、ある筈がない。 だが偶然が2つ重なった事で、会話は更に踏み込んだ話題にヒートアップしていく。 「娘さんは結婚してます?」 「してるわよ、貴女は?」 「はい、してます」 「旦那さん歳上?」 「いえ、実は2つ年下なんです」 「えっ!?」 突然声を張り上げたかと思うと、私の母と同じ歳のその人は慌てて口を塞ぎ目を泳がせる。 「どうしよう、トリハダが凄い出た」 「……もしかして、そちらも同じなんですか?」 そう聞くと、その人も小さく頷く。 「娘さんの旦那さんのお仕事は?」 「……男性で珍しいかも知れないけど、看護師よ」 「……え」 今度は私の方がゾクリと寒気を感じた。 先程まで、笑いながら話していた何気ない世間話しが今では笑えない。 「私の旦那も同じ仕事です」 「嘘でしょ!やめて、怖い怖い!!」 お互いに軽いパニック状態で、自然と足幅程度に距離が離れる。 次に出す言葉が見当たらない。 もし、これ以上質問して、又共通点が出て来たらそれこそビラ配りどころでは無いだろう。 「チラシ配りましょうか」 「そ……そうね」 互いに危険を感じ取り、先程とは打って変わって背を向けてビラ配りに集中する。 会話がないまま1時間。 このままでは、微妙な関係のまま終わってしまう。 そうなれば、この不安は何処で解消すればいい。 ココは、再度話しかけるしかない。 「あの……家族写真とかあります?」 意を決して話を戻すと、どうやら向こうも気になっていたらしく、私達は互いに家族写真を見せ合う事になった。 スマホを取り出し、お互いの家族を見比べると、そこに映る家族の見た目は全くの別人。 いや、何を考えいるんだ。 むしろ別人である事が当たり前なのだ。 「流石に、顔までは似てませんでしたね」 私が安堵のため息で答えるが、母に似ていたその人の顔色はみるみると青ざめていった。 「ちょっと……笑えないんだけど、え、コレってドッキリ、ドッキリよね!?」 「どうしたんですか?」 話が見えて来ず、答えに悩んでいると、私の反応に耐えられなくなったのか、突然その人はその場を逃げるように走り出した。 通行人はそれに驚き、その人の周囲から人が離れる。 「ちょっと!!」 そう声を上げた瞬間、その人の体は勢いよく空に吹き飛ばされた。 その人が走り出した先に見えるのは、いつの間にか赤信号に変わった交差点。 ボンネットが大破した普通車。 コンクリートに広上がる赤い液体。 そんな中、動かなくなった母に似たその人の姿が目に飛び込む。 轢かれた。 そう理解すると同時に、私は慌ててその人に駆け寄った。 「大丈夫ですか!!」 声をかけても反応がない。 慌ててスマホを取り出し、救急車を呼ぼうと電話をかけると、ふと事故の衝撃で飛び出したであろうその人の財布が目に止まった。 「コレって……」 財布から見えたのは整形クリニックの診察券。 瞬間的に、ある話が思い出される。 世の中には自分と同じ人間がいて、その人物に出会うとどちらかが消滅する。 車に轢かれる前に青ざめていたのは、もしや私の母の顔が整形する前の自分と瓜二つだったのだろうか。 「それって……写真でもダメだったんだ」 そう呟いた瞬間、背後から危険を警告する誰かの叫び声が聞こえた気がした。
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