伸明 36

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 そして、そんな私の思いが、私の表情に出たのだろう…  私を見て、  「…なにが、おかしいんですか?…」  と、長井さんが、聞いた…  実に、不機嫌そうに、聞いた…  私は、とっさに、  「…いえ、長井さん…随分、気が強いなと、思って…」  と、言った…  「…そうですか?…」  長井さんは、納得していない様子だった…  だから、  「…きっと血ね…」  と、笑った…  「…血…なにが、血なんですか?…」  「…これから、見舞いに行く女性と、同じ血が流れている…」  私が、笑って言うと、長井さんの表情が、変わった…  明らかに、変わった…  そして、  「…そうなんですか?…」  と、言った…  私に、質問するというのではなく、自分自身に、言うように、言った…  だから、  「…長井さん…これから、私が、お見舞いに行く相手…誰だか、ご存じ?…」  と、聞いた…  聞かざるを得なかったと、いうより、聞いて、みたくなった…  が、  長井さんは、すぐには、答えなかった…  少し間を置いて、遠慮がちに、  「…なんとなく…」  と、言った…  躊躇いがちに、答えた…  私は、この態度は、少しおかしいと思ったが、追及は、しなかった…  ただ、身分違いというか…  おそらく、五井長井家という分家と、五井を仕切る事実上の五井のトップとの身分差だと、思った…  いや、  そう、考えるのが、普通というか…  正直、五井家内での、身分差が、どれほどのものか、私には、わからない…  ただ、なんとなく、そう思っただけだ…  そして、長井さんが、私を連れて行った場所は、やはりと、いうか…  前回、伸明が、入院していた病室だった…  前回見た、屈強なボディーガードが、二人、あのときと、同様に、病室の前に立っていた…  私は、二人のボディーガードを見て、  「…お久しぶりです…」  と、腰を折って、挨拶した…  すると、二人とも、声には、出さないが、無言で、私に腰を折って、挨拶した…  「…どうぞ…なかで、お待ちです…」  一人のボディーガードが、言った…  私は、再び、彼らに頭を下げ、病室に入った…  病室は、大きい…  前回も、訪れたが、おそらく、この五井記念病院で、もっとも、大きな病室に違いない…  五井の女帝が入院するのに、ふさわしい病室だ…  が、  ホントに、この病室に、あの和子は、入院したかったのか?  ふと、疑問に思った…  これは、伸明にも、言えることだが、五井の当主だから、この病室に入院した…  あるいは、  五井の女帝だから、この病室に入院したということは、ないのだろうか?  要するに、お偉いさんだから、豪華な病室に入院した…  有名人だから、豪華な病室に入院したというのは、ないのだろうか?  ホントは、もっと、質素な病室で、いいとは、思わないのだろうか?  ふと、思った…  ふと、考えた…  それとも、これは、貧乏人のひがみ?…  そうとも、考えられる…  持つ者と、持たざる者…  この違いは、大きい…  生まれ育った環境の違いは、大きい…  私など、単なる検査入院なら、こんな大きな病室に、入院する必要はないと、考える…  ハッキリ言えば、金の無駄…  一体、一日、どのぐらいの金がかかるのだろう?…  私なら、そんな金は、使わないで、他のことに、使う…  が、  金持ちは、そもそも、そんなことは、考えないのだろう…  私のような貧乏人だから、考えるのだろう(苦笑)…  生まれた、環境によって、金の使い方が、違ってくる…  年収500万の人間と、年収5千万、あるいは、年収5億円の人間が、同じ金の使い方をするわけは、ないからだ…  だから、お金の感覚が違う…  だから、お金の価値が違う…  そして、そんなことを、考えながら、長井さんを見た…  当たり前だが、長井さんの両親は、そんなお金の感覚を教えるために、高校を卒業した後は、お金を出さないと言い、それを、実践したのだと、思った…  何度も、言うが、経験に勝るものは、ない…  いくら、本を読んだり、ネットを見たり、ひとから、話を聞いても、無駄とまでは、言わないが、経験に勝るものは、なにもないからだ…  だから、わざと、この長井さんに、お金を与えない…  両親は、そういう選択をしたのだろう…  どんなお金持ちでも、一生に、一度、例えば、大学へ行く4年間だけでもいい…  自分の力だけで、お金を稼いで、大学へ行けば、お金のありがたみを知る…  そういうことだからだ…  私は、長井さんを見ながら、そんなことを、思った…  今さらながら、そんなことを、考えた…  そして、肝心の和子は、病室にいた…  まさかの普段着でいた…  私を見て、少し、驚いた様子だった…  が、  すぐに、  「…お見舞いに来てくれて、ありがとう…」  と、私の姿を見て、礼を言った…  私は、  「…とんでもありません…」  と、丁寧に腰を折って、礼を言った…  「…寿さん…こっちに来て、お座りになって…」  と、今、自分が、座っているソファを指さした…  「…では、お言葉に甘えて…」  と、言って、和子のすぐそばに、座ろうとした…  そんな私の姿を見て、長井さんが、  「…では、私は、これで、失礼します…」  と、言って、病室を出ようとした…  長井さんの役目は、私をここへ連れてくることだからだ…  が、  そんな長井さんに、和子が、待ったをかけた…  「…アナタも、ここへ、座って行きなさい…」  と、声をかけた…  それは、穏やかな言い方だが、顔は違った…  明らかに、真剣だった…  真剣な表情だった…  私は、内心、驚いたが、考えてみれば、長井さんは、五井長井家の人間…  FK興産を買収しようとした、五井長井家の人間だった…  だから、ある意味、敵…  和子にとって、身内とは、いえ、敵だった…  同じ五井とは、いえ、敵だった…  だから、和子は、こんな表情になったのだろうか?  だから、和子は、こんな真剣な表情になったのだろうか?  考えた…  すると、だ…  長井さんが、  「…仕事がありますから…」  と、言って、この場を去ろうとした…  が、  和子が、それを、許さなかった…  「…いえ、長谷川センセイに許可を取ってあります…」  和子が、言う…  「…許可?…」  「…そう、許可です…」  和子が、厳しい口調で、答える…  「…ここを、どこだと、思っているんです? ここは、五井記念病院…五井の病院です…」  和子が、毅然と言う…  「…決めるのは、私…五井本家が、決めます…」  和子が、まるで、長井さんを脅すように、言った…  私は、この和子の言葉で、和子のホントの目的は、この長井さんだと、知った…  私、寿綾乃ではなく、この長井さんだと、知った…  おそらく、この長井さんに、長谷川センセイを通じて、私を、ロビーに出迎いに、来させるように、仕向けたのだろう…  そして、なにも知らない、この長井さんは、長谷川センセイの言う通りにした…  そういうことだろう…  私は、そう、思った…  そして、長井さん、本人も、私と、同じことを、思ったのかも、しれない…  まるで、観念したように、和子の言う通りにした…  病室を出るのを、止めた…  「…ここに、お座りなさい…」  和子が、命じた…  私同様、同じソファに座ることを、命じた…  長井さんは、しぶしぶ、和子の言う通りにした…  誰が見ても、仕方なくといった感じだった…  嫌々なのは、傍目からも、わかった…  「…リンが、いつも、お世話になって、ありがとう…」  まずは、和子が礼を言った…  その言葉で、長井さんは、反射的に、頭を下げた…  それから、  「…リンに、いろいろ、あることないこと、吹き込んでくれて、ありがとう…」  と、続けた…  和子が、激怒していることは、明らかだった…  五井の女帝が、激怒していることは、明らかだった…  …あることないことって?…  私は、言葉にこそ、しないが、そう思った…  そして、そう思いながら、あのリン…  菊池リンの父親が、五井長井家の出身だと、いうことを、思い出した…  前回、この病室に、菊池リンと共に、やってきたときに、菊池リンが、言った…  私は、それを、聞いたとき、仰天したが、すぐに、納得した…  なぜなら、五井の人間は、基本、五井の人間と結婚する…  これ以上、血が薄れないためだ…  五井の歴史は、四百年…  だから、同じ一族とはいえ、もはや他人に近いほど、血が薄い…  それゆえ、結婚は、基本、一族内で、相手を見つける…  同じ一族内で、結婚することで、これ以上、一族の血が、薄れないためだ…  だから、同じ一族での結婚を奨励する…  ゆえに、今、和子が、言ったように、菊池リンと、この長井さんが、面識があっても、おかしくはない…  仲が良くても、おかしくはないということだ…  が、  あることないことを吹き込んでという言葉が、出るとは、思わなかった…  さすがに、思わなかった(苦笑)…  そして、私が、そんなことを、考えていると、和子が、  「…五井は、ひとつ…」  と、言った…  力を込めて、言った…  「…たとえ、十三家あるとも、五井は、一つ…」  と、さらに、力を込めた…  「…そして、序列は、変わらない…いえ、変わらせない…」  と、厳しい表情で、続けた…                <続く>
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