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施設に到着すると、早速段取りだ。
「総括」と呼ばれている大学四年生のリーダーの指示の元、四人はテキパキと動き回る。
講師から事前に渡された研修資料の部数確認、印刷、保管をしたり、研修会会場のセッティングをしたり、タイムテーブルの確認や、使用設備の点検、トイレ掃除まで忙しく動き回る。
そうこうしていたらもう夜の七時だ。
「出前取るよ、コレメニューね。育成委員の大橋さんがご馳走してくれるみたいだから選んで。」
総括が声を皆んなに声をかけた。
皆んな黙々と作業していて腹が減っていたのだろう。
サクッと出前を取りサクッと食事開始。
「今回研修スタッフ初体験は、愛ちゃんだけかな?」
総括は野菜炒め定食をガツガツ食いながら言った。
高校二年生の俺から見た大学四年生はもう立派なおっさんだわ。
まぁこいつが特別老けてたっつうのもあるかもしれんがな。
「はい!前回まで研修生だったんですよ?総括と彪流さんがスタッフさんでいたんです!」
愛ちゃんは唐揚げ定食を食いながら言った。
「そっかそっか。愛ちゃん、今までの集まりで大体把握しているだろうけど、まずは我々自身が育成委員の方や講師の方に失礼が無いようにしなきゃいけないよ?その次は研修生達が失礼が無いように監視、指導しなきゃいけない。」
「はい!頑張ります!」
優しい総括の声に対して愛ちゃんは元気よく返事をした。
「おい、総括ぅ。あんま小難しく言ってやんなよ。初めてなんだからまずは楽しく…だろ?」
もう食べ終えたトシくんが口を挟んだ。
小柄なとっつぁん坊やのクセによく食う上に早食いだ。
「そうそう、俺みてぇな使えねぇでくのぼうでも何とかできたんだ。愛ちゃんにできねぇわけない。」
俺は隣に座る愛ちゃんに声をかけた。
愛ちゃんは照れ笑いしながら皆んなを見回した。
総括も別に俺やトシくんの意見に反対するわけでもなくニコニコしながら野菜炒めを口に運んでいる。
愛ちゃんは一通り皆んなを見回し終えると、思い切り上目遣いで俺を見た。
トゥンク…
『う、嘘…何コレ…』
当然だが俺はモテねぇ。
あぁもうゲロっちまうが、ボランティアのボの字も興味が無い俺が小学校六年生から高校まで続けているって事はそういうことよ。
そうだよ。
「そこに女の子がいるから」
だよ。
そうさ、そうよ。
中学校からバンドを始めたのもそう、このボランティア活動もそう、全てはそうだよ。
「そこに女の子がいるから」
だよ。
当然のようにモテねぇ俺だがこの団体で活動している女の子は皆んな優しい。
野郎も優しい奴ばかりだ。
そしてまぁ…活動内容は伏せるが、その活動内容が故に皆んな人懐っこい。
非モテを体現しているこの俺だが、凄く皆んなよくしてくれる。
そして愛ちゃんは言った。
「あたしが研修生の時の彪流さんを見て、彪流さんみたいなスタッフとして活動したいって…だから立候補したんです!だからもう今回彪流さんがスタッフの中に居るって聞いてホンット嬉しくって!」
Oh…hell…
OMG…
この時の愛ちゃんの顔…。
マジで愛ちゃんの顔の周りに薔薇が咲いていた。
よくホラ、漫画とかそういう表現するだろ?
アレ、あながち嘘じゃねぇよ。
「憧れられちったね、彪流ぅ。」
トシくんが俺をからかうが、こういう事態に免疫もクソも無い俺の時は止まったままだ。
愛ちゃんの言葉は俺の心を完全に捉えた、いや、捕えた、いやいや、囚えた。
俺はどちらかというと、女子から迫害を受けてきたタイプだ。
それなのに…
そんな人間なのに…
褒められず
認められず
長所もなく
短所だらけ
そう思われきた人間なのに…
皆んな思い出してほしい。
SNSを初めて使い、「高評価」「いいね!」が初めて贈られた時のあの昂りを。
『君はここにいていいんだよ。』
『君はここにいるべきだ。』
『私の為にここにいてほしい。』
こう言われているような気がして、自分という存在が認められた気がして…。
分かる。
SNSで高評価されるのは男女間で言えば「好意を伝える行為」だから。
だから人はSNSに溺れる。
「いいね!」の度に「好意を伝えられている」という喜びを味わえるのだから。
話を戻す。
「愛ちゃん…。」
俺は呟いた。
愛ちゃんも自身の大胆発言に赤面して下を向いた。
微妙な空気が食堂に流れていく。
その流れを断ち切ったのは恐らく恋愛百戦錬磨であろう奈々さんだった。
「うふふ…二人ともかわいいね…さ、ご飯食べたら仕上げしちゃお!?ね!?」
すんごいよな。
このセリフ今でも覚えているが、咄嗟に出るセリフとしてパーフェクトだろ。
今考えるとやっぱこの色ボケバb…いや…色気抜群の奈々さんは凄いよ。
奈々さんの鶴の一声で夕食は終わり、一行は奈々さんの言う通り準備の仕上げにかかるのだった。
仕上げといっても大学生三人、高校生二人で五十人近くの研修生を迎える為の準備をするのだから簡単には終わらない。
時刻はもう二十三時。
育成委員のおじさんがスタッフルームである和室にやって来た。
「ご苦労さまぁ。お茶とコーヒーの差し入れだよ。明日研修生の第一便は八時に到着予定なんだ。あんまり遅くならないようにしなさいよ?」
「あ、どうもありがとうございます。いただきます。」
総括が言うと、皆んな後に続き頭を下げてお礼を言った。
夕食からだいぶ時間も経って少し糖分を欲していたところだ。
素直にありがたい差し入れだ。
「彪流、少し外の空気吸い行こうぜ?」
トシくんが親指をくいっと外に向けた。
これは煙草の合図だ。
「あぁ、いいッスね。」
「彪流くん、トシくん。分かっているね?」
俺が返事した後間髪入れずに総括が目を剥いて言った。
「分かってんよ。外って言ってんだろ?」
「そう、外の空気です。」
「分かってればいい。車気を付けてね。」
総括の表情が元に戻ったのを確認して俺とトシくんは「外」に出た。
そう、外とは屋外ではなく、「施設敷地外」だ。
寒い中俺とトシくんは温かい差し入れの缶コーヒーをジャンパーのポケットに入れて施設の門の外へ出た。
「ん。昼のお返しだ。」
トシくんはセブンスターを一本取り出し、俺の口に咥えさせて火を点けてくれた。
「ども。すんませんス。」
トシくんも自分の煙草に火を点けた。
「彪流、愛ちゃんぜってぇお前のこと好きだろ。」
トシくんのぶっこんだセリフに俺は少しも驚かなかった。
むしろ「当たり前だろ?」くらいの勢いだ。
自分でも驚いた。
こんなにも人からの好意は人を変えるのかと。
俺は余裕の表情で缶コーヒーを飲み、煙草の煙を吸い込んだ。
「そうかな。愛ちゃんかわいいからな。そうだったら嬉しいスね。」
不思議だ。
苦くてあまり好きではないはずの「セブンスター」すら旨く感じる。
「トシくんは奈々さん好きでしょ?」
俺もトシくんにぶっこむ。
「そうだな…だけど…」
背が小さくて金髪、少し不良っぽいトシくんがあまり見たことがない表情を俺に見せた。
「だけど…?」
俺の言葉を聞いてトシくんも煙草の煙を思い切り吸った。
「俺と奈々さんは結ばれねぇよ。」
トシくんの見たことがない表情と自信を一切感じない声色に俺は驚いた。
「そ…それは…どうして…?」
「ガキには分かんねぇよ。」
トシくんは缶コーヒーを一気飲みした。
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