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その時はそれで終わった。
トシくんは話題を巧みに変えて、俺というガキのピュアな疑問を巧みに躱してゆく。
俺とトシくんは煙草を二本吸い終えてスタッフルームに戻ると、奈々さんと愛ちゃんがそこには居なかった。
「あれ?二人はどうしたんです?」
俺は疑問を総括にストレートにぶつけた。
「ん?お風呂。彼女達が戻ったら男達もお風呂済ませちゃお。僕たちが入らないとガス止められないんだって。」
「え?じゃあもう俺らも入りに行こうぜ?係員さんにも迷惑かかんだろ?」
トシくんがあくびをしながら総括に言った。
「そうはいかん。貴重品もあるからね。」
「じゃあ総括と彪流で入ってこいよ。俺が貴重品見ててやる。俺は入らんでもいいわ。汗全然かいてねぇし。ここ来る前に風呂入ってきたし。その間少し寝るわ。戻ったら起こしてくれや。」
「ん?いいのかい?」
総括はトシくんの顔を目をパチクリさせて見た。
「行ってこいよ。俺はいいから。」
「そっか、ありがたい。じゃあ彪流くん、行こうかね。」
「はい、行きましょう。」
俺と総括は風呂へ向かった。
助かる。
暖房が効いてる中でいそいそと研修の準備をしていたら脇汗☆ビチャリンコになって死にそうになっていたのだ。
このまま入浴せずに寝ろなんて言われたらスタッフ全員皆殺しにしちまうとこだったZE…危ねぇ危ねぇ…。
「愛ちゃん…奈々さん…」
俺と総括が大浴場の前に来た時にちょうど女湯出入り口から愛ちゃんと奈々さんが出てきたところだった。
オイオイオイオイ…ちょ待てよ…。
愛ちゃんはまぁかわいいのは当然として、奈々さんの風呂上がり…
あれれ~おかしいぞ~?
アフロディーテが現代日本にいるよ~?
いや、その色気たるやアフロディーテなんて神々しいもんじゃねぇ。
もう悪魔だわ。
もう毒蛇だわ。
もう妖怪だわ。
もう悪霊だわ。
もう視界に入れるだけでもクラクラと目眩に襲われるほどの毒気抜群の色気だ。
「お先にお風呂いただいちゃったぁ…んふふ…二人でお風呂…?」
あぁやめてくれ。
高校二年生の男子に女子大生の毒々しい色気はマジで事件を発生させちまう。
バスタオルを頭に巻いた奈々さんの頬は赤く染まっている。
「そ。これから風呂だよ。トシくんが留守番してる。少し仮眠取るって。」
総括はこの色気、否、毒気になんともない様子で奈々さんに返事をした。
奈々さんは隣に立つ愛ちゃんを見て、愛ちゃんの頭を撫でてから俺達を見た。
「じゃ戻ってるね?ごゆっくり。」
「うん。一時くらいには眠れそうだね。も少し頑張ろうね。」
総括はそう言うと、俺に目で合図して男湯へ行くように促した。
カッポーン。
いいお湯でやんした。
もうね、全身の皮ひん剥くくれぇ洗ったわ。
俺と総括はスタッフルームに戻ると、その光景に気絶しそうになってしまった。
「おっかえり。」
えぇ~!!??
そこにはトシくんに膝枕してあげている奈々さんが…。
母性すら毒々しい奈々さんは愛しげにトシくんを見下ろし、それを何とも言い難い切ない表情で見つめる愛ちゃんがそこにいた。
トシくんはこの夢のような状況を知らずに夢の中だ。
マジ寝である。
間違いなく狸寝入りではない。
総括は何も気にしていない様子で部屋にズカズカと入り、すぐに残りの作業を始めた。
「よく寝てるね。」
総括は作業しながら奈々さんに言った。
「…うん…。これじゃ作業できないよ…。」
うーん、奈々さんの困った顔もたまらなく色っぽいよー(棒読み)
もう棒読みしないと理性を保てないんだ。
「あたしが座ったらさ、なんか寝てるのにモゾモゾ近寄ってきてね?んでぇ…この状態…フフッ…」
あーもー助けてー。
こんなのAVでしか見たことねーよー。
死ぬー
死ぬよー
「今は眠らせてあげよう。君の仕事だ。」
総括は作業の手を休めることなく、奈々さんに言った。
「ん…分かった。」
「さぁ、彪流くん、愛ちゃん、この通り二人は戦線離脱だ。頑張ろう。一時には寝れるように頑張ろうね。」
俺達は総括の言葉に奮起し、総括の言う通り一時にようやく眠れることになった。
さて、ここで令和の世では信じられない状況となる。
何とスタッフはスタッフルームで雑魚寝だ。
もちろん男女ともに…であるッッ!!
俺は研修スタッフになるのは二回目ぇッ!!
当時非モテ童貞クソ陰キャ高校生にはあまりにも大き過ぎるご褒美ィッ!!
研修会一泊二日ッ!!
前泊を合わせて二泊三日ッ!!
肉体的にも精神的にも中々ハードなこの研修スタッフになぜ無償で俺がやりたがるのかぁ!!
コレなんだよォ!!
コレ!!
一回目のスタッフを経験して味ぃしめちったんだよ!!
スクールカースト頂点グループ!相撲界で言えば横綱、そして大関、関脇、小結の三役という上位グループに属する高校生でさえも中々いないだろう!!
「女子大生と同じ部屋で寝る」
というこの行為!!
それをこの非モテ童貞クソ陰キャ高校生が先んじて味わうというこの下剋上感溢れるこの時間ッ!!
『あぁ…俺は…横綱の中の横綱だ…。下に見える…俺が見上げていた景色が…今…俺の足元に…。俺が見上げていた奴らが…今ぁ…へへへェ…屍となりて…我が…足元にぃッヒッヒィ…』
スースーという奈々さんの寝息、フーフーとやや苦しそうな愛ちゃんの寝息、無音のトシくん、ガーガーと予想通りのおっさんイビキの総括。
真っ暗になったスタッフルームで俺は一人眠れずにいた。
人間暇を与えたらロクなこと考えねぇんだよな。
俺の頭の中に犯罪スレスレの欲望が渦巻き始めた。
変態諸君、もうおわかりですね?
『奈々さんと愛ちゃんの寝顔が見てぇ』
健全な男子がこの場に放り出されたら普通こう思うだろ?
『バレたら奈々さん怒りそうかな。愛ちゃんなら…。』
おまわりさん、こいつです。
『愛ちゃん…く、苦しそうだし…だはッ…だ…大丈夫かなぁははぁ?』
おまわりさん、早く。
俺は上体をむくりと起こした。
そして一応真っ暗闇の中を見回す。
何も見えないが見回す。
おまわりさん、だからこいつです。
『俺は愛ちゃんが心配なんだ。心配…心配ィヒヒヒ…心配なだけなんだぁっはっは…確認ですよ確認…』
おまわりさん。
俺はモソモソと体をひねり、愛ちゃんが寝ているであろう方向へ体を向けた。
分かるか?お前ら。
狂気と正気は紙一重なんだ。
こんなにも簡単に人は狂うんだ。
この一線なんだ
この一線を越えるか越えないかなんだよ。
『ブヒヒヒィ…』
俺はゆっくり、ゆらりと立ち上がった。
幸か不幸か誰も起きていないようだ。
誰か…誰か…俺を見つけてくれ…
誰か…誰か…俺を止めてくれ…
愛ちゃんの寝顔…
誰か見つけてくれ…
愛ちゃんの寝顔…
誰か…
愛ちゃんの寝顔…
愛ちゃんの寝顔…
そして…
『時は来た。それだけだ。』
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