君と出会って

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『基本上手くことが進むわけがないのが俺の生きる道だ。』 俺が十数年足らずの人生で知り得た真実である。 これを基礎とするなれば今起こっている現象は異常以外の何物でもない。 俺はゆっくりと、できるだけその声に気が付いていないという演技をしながら視線を斜め後方に移した。 色白ショートカットの一重あっさり顔の美少女、下田綾子だった。 ショートカットの前髪が少し乱れて、暖房で汗ばむ額に張り付いている。 恥ずかしそうに下を向き、俺の歩調を確認しながら危なげな足取りで俺に付いてくる。 『なんとなくこのコ覚えてるな。』 意外に俺の心にはト・キ・メ・キ☆は訪れなかった。 まぁ当然といえば当然だろう。 承認欲求を満たされるのと、恋愛感情は似て非なるものだから。 俺は講堂に研修生を案内すると、打ち合わせ通り研修生に指示を出した。 「はい!皆んなお疲れ様!第一便のね、研修生がもうすでに席に着いてます!皆んなの席も準備されているので前の黒板に貼ってある模造紙を見て、自分の席を確認して下さいね!!俺の!私の!名前が無い!なんてことは無いと思うけどもしそんなことがあったらこちの奈々ちゃんか!僕に言ってくださーい!!」 一同元気よく「はーい!」 うーん、素直であり、素直なフリができる子は将来偉くなれるぜ? その後、最終便が到着し、早速研修開始。 俺は研修係を受け持った。 研修生は生活係、研修係、レクレーション係、班長と役割を分担する。 総括→班長統括 愛ちゃん→生活係統括 俺→研修係統括 トシくん→レクレーション係統括 奈々さん→タイムキーパー という布陣だ。 諸々オリエンテーションが終了すると係別会議となる。 「はーい!んじゃ研修係ぃ!!こっちに集まってくださーい!!」 俺が声を張り上げると各班から研修係が集まってきてくれた。 「…?」 俺は少し驚いた。 なんと下田綾子がこちらへ来る。 事前にどのスタッフがどの係を統括するかは研修生は知らない。 少し病的な笑みを浮かべた色白の美少女、下田綾子は俺に近付いてきた。 彼女の冷たい微笑みは中学校一年生とは思えないほどの色気と殺気をまとっていた。 現代の言葉だと「ヤンデレ」と言うのか? だが俺はどんな状況であれ職務はしっかりと遂行するタイプだ。 そう、俺は社畜という言葉がまだ無い我が祖国日本、平成中期における「社畜・初版品プロトタイプ」である。 ヤンデレごときに突き動かされるような社畜プログラムではない。 研修は何事も無く、滞りなく過ぎていく。 そりゃ色んなこと期待はしてたけど、研修自体に影響があったら困るし、研修生にだって迷惑がかかる。 恋模様は幾何学的な構造だ。 ある一定の法則は可視化されているが、何がどう後から関連してどの程度の影響があるのか、誰と誰がどのように影響し合っているのかまったく分からない。 その影響が何年後にどう作用するかも分からない。 なので俺と下田綾子や愛ちゃんとの恋のいんぐりもんぐりが何も関係性が無いはずの何の罪も無い研修生にどう悪影響を及ぼすかも分からない。 だから俺は何も無く、何も感じていない体で過ごした。 下田綾子の氷の微笑にも動じず、愛ちゃんの天真爛漫、無垢な匂わせ発言にも動じず、俺は過ごした。 俺のペシミストっぷりが良い方向に遺憾なく発揮されたわけである。 『俺の人生においてこんな事があるわけない。』 『これは罠だ。神々の巧妙な罠だ。』 『これを享受すれば後は破滅しかない。登れば後は降るのみ。俺は山は登らんし、谷にも降りぬ。裾野をただ周回する、それで良い。』 こう考えながら研修会を乗り切った。 今思えば高校二年生にしてこんな事を考えていたのか、俺は。 精神疾患となるわけよな。 何にせよ、出会ったのである。 出会ってしまったのである。 結論だけ言うと出会うべきではなかったのである。 愛ちゃんと下田綾子、この二人が俺の生きる道に落としたものは大きい。 そう、俺は出会うべきではなかったのだ。 研修最終日から研修打ち上げの時、それが…その時が訪れる。 愛ちゃん、君と出会って俺は… 下田綾子、君と再会して俺は… 俺は… 三十年近く、君の影は俺の心の奥に毒針のように刺さって抜けない。 もう…もうその毒針を抜いてはくれないか… もう…もうその毒を注がないでくれるか… いつかの君へ届いてくれたら 俺は二人に贈りたい 君と同じ毒針と 君を消す毒液と 共に消える命を いつかの君へ届いてくれたら 完 いつかの君へ届いてくれたら〜Deep Abyss〜 へ続く
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