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君と出会って
好天に恵まれた真冬の真っ昼間、高校二年生だった俺は公欠を使い、とあるボランティア団体の研修会のスタッフとして出動し、電車に揺られていた。
冬の着替えがたくさん詰められた小さめのスポーツボストンバッグはパンパンだ。
プチ潔癖の辛いとこだな。
俺が住んでいる県は非常に広い。
おっとぉ…広いってだけだ。
決して栄えているわけじゃねぇし、人口爆発しているような都市部ってわけじゃねぇんだ。
端的に言うと「田舎」ってヤツだ。
それ故に県内のボランティアの研修生を一箇所に集めるというのは簡単な事ではない。
研修場所は県内北部。
俺の住んでいる市町村は南部の末端。
移動だけでかなりの時間を要す。
当日研修生よりも早く研修場所に居ないといけないことを考えると俺は最寄り駅の始発で出ても間に合わない。
なので土曜日と日曜日と泊まりがけの研修会の準備など色々なことを鑑みると前泊が必要となるわけだ。
そのボランティア団体は各市町村規模で活動しており、上部団体として君臨する県のボランティア団体が取りまとめている。
そのボランティア団体は県の教育委員会が親玉なので、それが主催したボランティア研修会のスタッフとして抜擢された公立高校の生徒である俺は公欠が認められるわけだ。
部活とかではないのに「公欠」。
ちょっと鼻が高い。
今考えりゃ別に大したボランティア団体でもねぇのに何を鼻を伸ばしていたんだろな。
小せぇ男だ。
笑っちまうぜ。
『そういや、うちの市からも研修生が四人来るんだっけ?確か中学校一年生…。』
俺はパンパンに膨れたスポーツボストンバッグからしわくちゃになった紙の束を取り出して広げた。
研修生名簿を見ると、県内市町村別に参加者が記載されている。
俺は自身の生息地である市の欄を見た。
『下田綾子…と…?中野祐実…?加瀬涼子…加瀬京子…?加瀬…同い年…同じ姓…?双子?何だ?しかも皆んな女の子かい。んん?しかし…しもだあやこ…なかのゆみ…かせりょうこ…かせきょうこ…?』
なんだか聞いたことがある名前だ。
それもそんなに昔の記憶ではない。
『まぁアレか…顔見りゃ思い出すかな。さて、もうすぐ着くかな。駅前で待ち合わせって言ってたけど…家からかなり遠いとこだからな。しかもここ…初めて来る場所だし…大丈夫かな。皆んな居なかったらどうしよ。とりあえずまだポケベルにはメッセージ入ってない…よな。』
現代では初めて行く場所でもスマートフォンがあれば何も怖くない。
地図アプリを使用すればどうとでもなるし、待ち合わせも電話だけではなく、トークアプリなど使えば何も怖くない。
しかし三十年前はそんなもん無い。
しかもスタッフ仲間との連絡手段は、顔合わせ時に交換したポケベル番号のみ。
「ポケベルってなんやねん」
っていう若い衆は是非検索して調べてみてほしい。
古のジャパニーズサラリーマンはこれを武器に日々戦い、大学生、高校生はこれで日々仲間と連絡を取り合ってその絆を確認していたのである。
「間もなくぅ…◯◯…◯◯に到着ダス…」
鼻にかかった電車のアナウンスがガラガラの車内に響き渡る。
『おっ。着くか。』
俺はしわくちゃの資料をスポーツボストンバッグに押し込み、肩にかけて立ち上がった。
電車の速度が遅くなり、やがて停車。
『うわ。超田舎。俺んとこよりヒドいんじゃね?』
俺は電車から降りるとその風景に驚いた。
スマートフォンもインターネッツも普及していないこの時代、初めて降り立つ場所の前情報などない。
だから初見の驚きは大きい。
不便は不便なりの面白さがあるのだ。
『まぁいいや。とりあえず待ち合わせ場所にいよう。まだ少し早いな。コーヒーでも飲むか…。』
俺は田んぼのど真ん中にある無人駅から外に出て一つしかない自動販売機で温かい缶コーヒーを購入した。
待ち合わせ場所はこの一つしかない自動販売機の前である。
俺はボストンバッグの中から煙草を取り出して火を点けた。
時効だろ。
「えぇ~!?高校生で煙草ォ!ギャオオオン!」
「駅前で煙草ォ!!??ブゴォォ!!」
「受動喫煙がぁあああああ!!ブッヒヒィギィィ!!」
とかまぁ色々言いたかろう。
時代も違えば罪の度合いも違うってもんだ。
色々言いたきゃ勝手に言ってくれ。
三十年前の話にドヤ顔で突っ込んで、「ハイ論破」とか顎を突き出すような核廃棄物以下の害悪人間は読者の皆さんの中にはいないと俺は信じている。
「ふぃいー。」
砂糖どっぷり食品添加物たっぷりの当時の缶コーヒーと、マルボロの組み合わせは悪魔的な旨さである。
例えるならば「焼き肉とビール」「お刺身と温燗の日本酒」「焼き鳥と芋焼酎」と同レベルの相性だ。
煙草を辞めた今でさえ思う。
この世から去るその前にベタベタに甘いコーヒーを飲み、余韻の中でマルボロを吸ってから逝きたいと。
話を戻す。
「そろそろかな。」
俺はマルボロを吸い終えて灰皿に吸いがらを叩き捨てて缶コーヒーを一気飲みした。
俺が乗ってきた電車とは反対方向の電車が駅に到着して数人電車から降りてきた。
その数人の内三人が私の姿を見るなり、大きく手を振ってきた。
「彪流さぁん!!早いね!!」
「彪流くんだ!彪流くん!」
「お?もう来てたの?もう一本後のギリギリの電車で来るかなと思ったんだけど。」
女性二人と男性一人のグループが俺の元へと駆け寄ってきた。
「愛ちゃん元気してた?奈々さん、お久しぶりです。トシくんも久しぶりですね、お元気そうで…ん?あれ?総括は?一緒じゃないんですか?」
駆け寄ってきた内の男性に俺は声をかけた。
「いや、車で来るんじゃね?親から借りるとかって聞いたけどな。あ、彪流、煙草ある?あったら一本恵んでくんね?バッグん下の方にしまっちまって。後で俺のやるから。」
「あ、どうぞ。」
俺はトシくんという大学生二年生の男性の口に煙草を咥えさせて、火を点けた。
ついでにと俺も煙草に火を点けた。
「あぁいけないんだぁ~。トシさんはまだアレだけど彪流さんはアウトでしょ。」
ショートカットがよく似合っていて、東南アジア系の顔立ちと肌の色が健康的な美少女、「愛ちゃん」が俺の顔を覗き込んだ。
愛ちゃんの年齢は俺の一つ下。
天真爛漫な感じが男の心を弄る小悪魔である。
「施設じゃ吸えないから今くらいは勘弁してよ愛ちゃん。」
「じゃあ彪流くんとトシくんが煙草終わったら電話するね?時間的にもう施設に育成委員の方は着いてる…ね?施設に電話すれば迎えに来るよって話になってるのよ。」
優しい声で言ったのは「奈々さん」である。
トシくんの一つ年上、大学三年生である。
今思うと奈々さんてば相当な手練れだったんだろうな。
髪の毛は長く、田中みな実似の優しい感じの美人だが一つ一つの仕草がいわゆる「モテ仕草」である。
何人もの男が奈々さんに翻弄されてきたんだろうと今になって思う。
俺とトシくんの煙草タイムはすぐに終了。
奈々さんは駅前の公衆電話で電話かけた。
それから約十分後、「県の育成委員」であるおじさんがダサいセダンで駅前に現れた。
四人はペコリと頭を下げてク◯ダサいセダンに乗り込んだ。
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