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輝き3
どうして。
どうして。
どうしたら良い?
毎日、ビデオカメラの自分を見つめる
何も変わらない。どうしたら良いかが分からない
時間ばかり過ぎていって焦りが募る。
スタジオで、練習するより動画を観る時間の方が長くなっていく。
「ヒカル。」
社長がスタジオに来た。俺の表情で何かを察した筈なのに、その事には触れずにこんな事を言った
「長谷川と待ち合わせてるんだ。ヒカルも来な。」
「……はい」
もしかしたら、この仕事は無くなるのかもしれない。俺の出来なさに社長は無理だと判断したのかも知れない。
駐車場で待つ事務所のスタッフが運転する車に社長と乗り込む。
嫌だな。長谷川さんをガッカリさせてしまう。
憂鬱なまま連れられて来たのは学校だった。
俺の知らない高校。門には華やかな装飾と文化祭の立て看板
ごった返す人。
賑やかな声が至る所から聞こえてくる
「お、居た」
敷地内に入ってすぐの所に長谷川さんが待っていた
「ヒカルも来たのか。おぃ、帽子くらいは被せとけよ。」
社長にそう言う長谷川さんを不思議に思っていたら
「今日は敢えて出してるんだよ。」
なんて社長が返していた。
「…俺、今日ここで何かやるの?」
素朴な疑問だったけど、
「今日はスカウトだよ。長谷川の目利きの力も借りて。ヒカルも見回して、どういう子が目を引くのか考えてみな」
学校の外から中までゆっくりと歩いて行く。
ふと、社長と長谷川さんは俺を見て
「やっぱ次元が違うな」
「だな」
「なんの次元?」
俺の問い掛けはキレイに無視された。
───ヒカルの歩く姿に足を止める、通り過ぎた後にヒカルを振り返る人の多さを目にした社長と長谷川は満足気だった。
『いつか絶対、この輝きに世間が気付く時が来る』
2人がヒカルに出会った時に思ったことだ。
その日が来た時の爆発力を2人は楽しみに待っている。
『その日がくるまで、大事に育てていくんだ』───
体育館にはたくさんの人が入っていた。
薄暗い中では今、何かの劇が始まったばかりなようだ
他の人の邪魔にならないように体育館の一番後ろに立つ
高校生が創り上げる劇は荒削りで、明らかに稚拙なものだった。
長くプロの世界を観ているヒカルが面白さを見出すのに苦労するような出来と言って間違いない
ダラダラと行われている劇に飽きてきて、違う場所に行って来ても良いかと社長に訊こうと思った時、
観客席が一斉に掛け声を出した
掛け声、正確には名前を呼んだのだ。
その声に呼ばれるように舞台に現れた生徒は今回の主人公なのだろう
眩いライトを浴びながら台詞を言う主人公。
ワァッと観客席から歓声があがり、
その声を受けて更に声を張り上げる主人公
その主人公が出て来てから、脇役もテンションが上がり確実に熱量が上がっていく。
恐らく、シナリオ上では観客に感動を促すシーン。
見せ場のシーンで、主人公は盛大に台詞を噛んだ。
あり得ない事に、その主人公は
「あれ?」
と言い、また少し前のシーンからやり直したのだ。
2度目の同じシーン。主人公は再び台詞を噛んだ。
「ふふっ…」
3度目は笑いながら同じ台詞を言い感動とは程遠いシーンになった。
最終的に、主人公も共演者もずっと笑いながら芝居を続け幕を下ろした。
と、すぐに幕が上がり衣装のまま楽器を持った演者達がバンド演奏を始めた。
先程の主人公はマイクを握り、決して上手いとは言えない歌を歌った。
演奏が終わり際、
「ごめんね!予定通りに終わらなかったー!でも楽しかったーっ!」
そう言った主人公に観客は大盛りあがり。
俺はショックだった。
あの主人公は俺より演技が拙かった。
歌だって、自分の方が格段に聴かせることが出来る技術がある。
でも、負けている。と感じさせられた。
観客を惹きつける力が、舞台に立った時の輝きが。
楽しかった。なんて、仕事をして思った事がなかった。
あんなにキラキラとした笑顔を出せる事が羨ましかった。
台詞を噛んでもあの愛嬌で赦されてしまう人柄が。
人から愛される力が。
視界が滲んで、でもそれを横に居る2人には気付かれたくなくて
でも
「お前に必要なのは懸命さだ。役にのめり込む、歌の世界にのめり込む執着心。お前の中身をさらけ出す勇気を持て。」
「あの子、眩しかったな。素直に自分を出したらあんなに輝くんだ。」
大人は聡い。俺の気持ちなんかお見通しだ。
「どんなに失敗してもオレ達が助けてやるから、お前が輝く姿を見せてくれ」
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