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かもしれない運転
教習所の教習車が街中を走っている。仮免練習中。たどたどしい動き。
運転は大学生ぐらいの男の教習生。助手席には、中年の男性教官がいかつい顔つきで同乗している。
「いいか。肝に銘じておけ。いつだって、かもしれない運転だぞ」
「はい」
「かもしれない運転。わかるか。角から人が飛び出してくるかもしれない。交差点の信号が青から黄色に変わるかもしれない。自転車が目の前で突然転倒するかもしれない。老人が歩道から車道によろめいてはみ出してくるかもしれない。つねに注意を怠らず、『かもしれない』の精神で警戒して運転にあたるんだ」
「はい。かもしれない運転。わかりました」
「よし。そこのコンビニあるだろ。そこの手前を左に曲がれ」
教習車は大通りから横道に左折した。
「道幅が狭くなったぞ。いっそう注意しろよ」
「はい。教官」
教習車は信号のない見通しのきかない交差点にさしかかる。
車は速度を落とすことなく進んだ。
教官が叫んだ。
「あ、危ない!」
自転車が飛び出してきたのだ。小学生ぐらいの子供。教官が補助ブレーキを踏んだが間に合わず、子供の乗った自転車は教習車と接触した。
車は急停止。
二人ともからだがガクンと揺れ、前につんのめった。
「ば、馬鹿」教官は叫ぶ。「なぜ交差点なのに速度を落とさん。かもしれない運転だと言ったではないか。かもしれない運転だと」
接触した自転車は横転。子供も倒れて泣いている。しかし、泣いているからには、大した怪我は負ってなさそうだ。不幸中の幸い。
「か、かもしれない運転、たしかに実行していました」
「な、なに?」
教習生は言った。
「こ、交差点にさしかかった際、こう思ったのです。だから、ブレーキを踏まなかったのです。
『そこの角から、人も自転車も何も出てこないかもしれない』
と」
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