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死地行軍
「いいか! 逃亡したら家族、親戚まで全員処刑する!」
異常な熱気から身を守ろうと肌から汗がとめどなく流れ出る。
肌を焼き尽くすような陽射しと熱気の中、先ほどから何度もめまいが襲ってくる。
絶望的な死地……。
戦場の最前線に立たされ、最初の衝突で確実に死ぬ運命にある。
それを約束するのは敵兵の圧倒的な数と装備、そして練度の高さ。
どれをとってもこちらが勝る面はなにひとつない。
指揮官の軍略も圧倒的に向こうが上だと予想できる。
その根拠は、各地の戦況報告として、10回以上は自軍の敗聞が届いているため。
右から左へ駆け抜けていく騎兵から怒声じみた号令が飛ぶ。
士気は下がる一方。
だが、堵列する兵士は皆、暗く粗硬な表情のまま、顔が自然と地面に向いている。
逃げることはできない。
眼前に広がる無数の黒い波から、いかに自分を守ろうかと必死に考えている。
開戦の銅鑼が敵陣から響く。
大地を震わせて、戦靴が徐々に近づいてくる。
──こんな戦場の最前線で笑っている?
ひとり、ずっと笑っている男がいる。
とてもじゃないが正気には見えない。
お願いだから、当たってほしくなかった。
笑みを浮かべた敵兵士の顔が迫った。
なんと言う不運。
できれば、もっとまともそうな敵と矛を交えたかった……。
そう思った直後、一瞬で蹂躙された。
音が消える。
通過した敵兵が後列の兵を嬲り殺しにしている。
それを地面に顔を擦りつけたまま、他人事のように眺めている。
あ……。
誰かに首をはねられた。
その感触だけが、記憶に残ったまま命を落とした。
──はずだった。
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