孤城落日

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「う……」 目が覚めたと同時に激しく咳き込み、水を吐く。 だいぶ川の水を飲んだらしいが、命を落とさずに済んだ。 朝になっていて、橋の下にある橋脚に引っかかっていた。 キサ王国の王都テジンケリ。 意識を失った場所から4日ほど離れた王都まで流されてきたらしい。 川から上がって、少しだけ休むことにする。 身体が鉛のように重たくて、立ち上がるのもかなりキツイ。 王都テジンケリを見渡すと、まだ無事だった。 何カ所か火の手が上がっているが、戦火ではなく暴動によるものだと思う。 西側の正門近くで休んでいるが、自分以外には誰も西門に人影はない。 無理もない。 こちら側はレッドテラ帝国が、進軍してくる方向である。 逃げるなら北、東、南の門のいずれかからだろう。 自分もはやく逃げなきゃ。 でもその前に……。 育った孤児院へ向かう。 できれば一緒に避難しようと考えていた。 だが、孤児院はすでにもぬけの殻となっていた。 良かった。 安全な場所へ避難してくれたなら、それでいいや。 さて、自分はどこへ逃げよう? このキサ国は、アルヴニカ大陸のほぼ中央に位置している。 西にレッドテラ帝国、北には庇護を受けていたキューロビア連邦がある。 正直、この2国はない。 敵国とその敵国へキサ王国を売ったも同然の国。 この両国に避難したら、どんな目に遭うかわからない。 行くとするなら、東のホン皇国か南のジューヴォ共和国。 だけど、どちらもキサ王国と交易がほとんどない。 そのため情報がまったくと言っていいほど入ってこない。 ホン皇国は、百年戦役が始まって、いちばん最初に動いた国。 たった数年で今とほとんど変わらない領土に拡がったという。 それが、今日(こんにち)まで何の動きもないのは、とても不気味だ。 ジューヴォ共和国は専守防衛の国。 他国へ攻めたりせず、ひたすら自国を守るためだけに戦う。 このアルヴニカ大陸には一定数の亜人が住んでいる。 その亜人たちが百年戦役で住むところを追われて逃げた先が大陸の南方。 そして彼ら亜人が集まってできた国と言われているのがジューヴォ共和国。 だから、人族が避難しても冷遇される可能性が高い。 全部ひっくるめて考えると、ジューヴォ共和国がいいかもしれない。 理由は、ただひとつ。 国の指導者が、人族じゃないから(・・・・・・)。 亜人は自分の知る限り好戦的な種族はほとんどいない。 国の方針が不明な人族が治めるホン皇国よりは危険が少ない、と考えた。 南側に向かって歩き始めると、城の隣を横切る形になった。 城の中でも暴動が起きたのか……火の手が2カ所から上がっている。 「離しなさい、国を見捨てるわけにはいかないのです!」 「王女様、なりません。はやくしないと追手がきます!?」 王女?  このキサ王国には王子が2人いるが、たしか王女はいないはずじゃ? 鮮やかな檸檬色の髪に、深く吸い込まれそうになる青い瞳。 王家の脱出通路だったのだろうか、路地裏の井戸から顔を出した少女。 「あの……大丈夫ですか?」 「……」 井戸から彼女を引き上げようと手を差し出した。 トスッ、と自分の眉間に矢が突き刺さる。 え、酷くない?  片手にミニボウガンを持っていて、躊躇なく撃ってきた。 ってまた、あの戦場に戻る? ──これが、王女との最低、最悪な最初の出会いだった。
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