死地行軍

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開戦後、即必死の最後の戦いがはじまる約1日前。 ある出来事がひとりの少年の運命を大きく変えた。 食べたい……。 懐に忍ばせておいた初日に配給された硬いパン。 進軍中、ずっとこのパンだけは食べずに我慢している。 進軍を開始して今日で4日目。 アルヴニカ大陸の中央に位置するキサ王国は、衰亡の危機に瀕している。 歩いている兵士は皆、頬はこけ、濁った目をしており生気を感じさせない。 知らないものが見れば、死者の行軍だと思うかもしれない。 行軍中、食事、睡眠などを取るための休憩に入る。 昨日から水粥が漿(おもゆ)となった。 飲み干した直後にもかかわらずお腹が空いている。 どうせ死ぬ。 隊伍を組んでいる誰もがそう考えている。 誰も、国でさえ今回の戦いに勝てるなんて思っていないのではないか? 自分達が敵国レッドテラ帝国と一戦を交えるのは、ただの時間稼ぎ。 そういう暗い噂は静かに、でも確実に兵士たちの中で流れている。 でも、誰も逃れらない。 敵前逃亡は当人が死罪なのはもちろん、家族、親戚までその罪は及ぶ。 王国が傾き、避難しようとしている女子供のために武器を取る。 そのような高邁な思想を持った者がこの中にどれほどいるだろうか? おそらくほとんどいない。 多くのものは、ただ命令に無理やり従わされているだけ。 自分もそんな凡百な連中となんら変わらない匹夫のひとり……。 用を足すため、所属している隊から離れたところへ向かった。 人気(ひとけ)のない岩陰のはずだったのに先客がいた。 他の隊の連中。 必死にあるモノを追いかけまわしている。 「アンタ達、やめるんだ!」 3人の男は血走った目で、こちらを睨み返す。 「食わなきゃ戦う前に飢え死にするだろうがっ!?」 皆、腹を空かしているのは知っている。しかし……。 「神の使いを殺めたら天罰が降るぞ?」 猫……この大陸では非常に珍しい生き物。 実物をみるのは初めて。 王家や貴族など一部の人間に飼われていると聞く。 なんでこんな森のなかに?  この大陸では猫は神の使いとされている。 殺生をするなんてもってのほか。 ましてや猫を食べるだなんて罰当たりにも程がある。 両目の色が違う虹彩異色眼の白い猫。 全身の毛を逆立てて木の上に登って男達を見下ろしている。 「そんなこと知るか! 生き残るためなら、なんでも食ってやる!」 男たちの目は、空腹のあまり狂気が宿っているようにもみえる。 あまり刺激してしまうと人間まで襲いそうだ。 ならばこの手しかない……。 「これをやるから見逃してやってくれ」 大事に取ってあった配給された硬いパンを差し出す。 男たちは顔を見合わせる。 悩んでいるので、猫の殺生を上官へ報告すると脅しをかけた。 男達はあきらめてパンを奪うように取り上げて引き上げていく。 「もう大丈夫だよ」 3人が去った後も白猫は木の枝から降りてこない。 無理もない。あんな怖い思いをしたのだから……。
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