死地行軍

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266回目。 林の中で敵兵士を3人のうち2人を切り伏せ、ひとりだけ生かしておく。 「死にたくないなら、手を広げてあちらへ向かって走れ!」 「ひっひぃ!」 生き残っている男を脅し、弓兵が潜んでいる辺りへ真っすぐ走らせる。 そして、その背中へくっつくように追いかけた。 「ぎべぇ!」 奇声が聞こえたので、人質の男を見ると口の中へ深々と矢が刺さっていた。 くそっ! 見限るのが早すぎ。 人でなしの仲間だな……。  まあ自分も人質を盾にしているから人のことを言えた義理ではない。 距離はまだ半分くらい残っている。 息絶えた男の背中を掴み、盾にする。 盾にして前へ進んでいる最中、容赦なく矢が飛んできた。 ここまで来たら、行ける!? 矢が10本以上突き刺さった男の背中を放して、すばやく回り込む。 矢を番えていた弓兵を倒し、その男をまた新しい盾代わりにする。 この方法で、弓兵の2人目を倒すと、3人目がこちらに背を向けた。 すぐさま自分も背を向ける(・・・・・)。 これはちょっとした博打だったが、弓兵はおそらく3人。 逃げた男は完全に戦意を失っていたので、ひとりではまず引き返してこない。 今ごろ、所属する部隊へ報告しているだろうが、逃げる時間は十分に稼げた。 266回目にして、ようやく大きな怪我もなく、夜を迎えることができた。 月の無い夜。 この漆黒の闇夜を利用しなければ、安全な場所まで逃げおおせない。 日中はあんなに聞こえていた怒号や悲鳴はもう聞こえない。 月明かりもなく、明かりになる物も何ひとつ持っていない。 音を立てないように気をつけながら、慎重にゆっくりと手探りで進む。 林を抜けた。 岩がごろごろとしていて、川の流れる音が聞こえ始めた。 「誰だ! そこにいるのは!?」 見つかってしまった!? ワザと明かりを消していた? 気配にぜんぜん気が付かなかった。 時間が時間だから、ここで休んでいたのかもしれない。 近くでひとつ、遠くでいくつか明かりが灯る。 ピュンっと、耳のすぐそばを矢が掠めた。 全力で川へ向かって走る。 泳ぎには自信がある。 泳いで川を渡ってしまえば、時間を稼げる。 もしかしたら、完全に追っ手を撒けるかもしれない。 暗いので、石につまづいて派手に転んだ。 だが、そんなことは今はどうだっていい。 とにかく川へ飛び込まねば。 川へ向かって跳躍した。 急に浮遊感が身を襲う。 思ったより、高さがあった。 大きな岩の上から数メートル落下して無事、着水した。 もう追ってこれないはず。 その喜びも束の間、すぐに後悔へと変わる。 川の流れが急すぎる。 これは激流と呼ぶのが自然だと思う。 手足を必死に振り回し、水を蹴るが、あまり意味がない。 激流に飲み込まれないよう、必死に水面へ顔を出すので精一杯。 ここで死んだら、また最初からやる羽目になる。 それを考えるとめまいがしそうになる。 もし、諦めたらどうなるんだろう……。 いや、今はそんなこと考えても無意味。 だけど……。 水をたくさん飲みこんでしまい、意識が薄れていく。 また、ダメだった……。
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