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メトロノーム
ベートーヴェンはメトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番やハンマークラヴィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。
19世紀に実用化していたメトロノーム解読には二つの方法がある。
① 振り子の左右往復 (tic-tac))をもって1拍とみなす = double-beat method
② 振り子の片道 (tick)を1拍とみなす = single-beat method
現代の主流が ② であることは、言うまでもないが、これに従えば、19世紀のメトロノームの数値はことごとく、意図されたテンポの2倍速で演奏される事態となる。
はじめてこれを耳にする者にとっては青天の霹靂……
メトロノームが生まれるまでの音楽は、「テンポ・オルディナーリオ (普通のテンポ)」というおおよその脈拍の速さを基準とし、速度記号によって、若干テンポを調節して演奏されていた。しかし言葉だけでは具体的なテンポはわからない。脈拍は人によって違う。
実用的なメトロノームの誕生は、1815年のこと。
普遍的でない速度記号に不満があったベートーヴェンは、具体的な数字で理想のテンポを示せるメトロノームの有用性に目をつける。
そして「ライプツィヒ音楽新聞」に、それまで作曲した8つの交響曲のメトロノームテンポを掲載した。
その後もメトロノームの速度表示を自身の作品に導入したベートーヴェンは、楽譜出版社ショットへ
「もはやテンポ・オルディナーリオ (普通のテンポ)の時代は終わりました。これからの音楽は自由なひらめきを尊重すべきなのです」
と書き送っている。
こうして「普通のテンポ」の壁を打ち破り、音楽にさまざまなテンポをもたらすきっかけを作ったベートーヴェンは、メトロノームの形をした墓石の下で眠っている。
ベートーヴェンの全ソナタの中でも特別な作品として語られることが多い《ハンマークラヴィーア (ピアノというドイツ語)》
この曲だけ《ハンマークラヴィーア》という呼び名が残ったのは、恐らくリストやシューマンなど後続の作曲家が高く評価したことも関係している。
さらに重要なことは、このソナタを彼らが体感したことで、ピアノ・ソナタを書くことをやめてしまったということだ。
ベートーヴェンの後の世代の作曲家たちは、ピアノ・ソナタの発表にかなり慎重だった。シューマンとショパンは3曲、リストは1曲、ブラームスも若いころに3曲。
この《ハンマークラヴィーア》は、後世のドイツ作曲家に立ちはだかる巨大な壁だったのかもしれない。
この長大なピアノソナタを single-beat で弾いてみよう。ほぼ演奏困難に近い高速に唖然とする。
それでも作曲者の指図に忠実であろうと努めるピアニストの名人芸がある。ただ演奏はめっぽうせわしくなる。
ではこれらの数値を、2倍遅くなる double-beat で読んでみるとどうなるか? テンポの半減が楽想に与える影響は莫大であり、その結果、音楽の中身が勝ちえることになる豊かな味覚の密度は格別のものだ。特急列車の車窓から眺める景色と、徒歩で行く道すがら野の花と愛を語らう蜜蜂にまで目が届く状景との違いだ。
ベートーヴェンが《ハンマークラヴィーア・ソナタ》を double-beat method で把握していたことに疑いの余地はなさそうだが、第3楽章 (Adagio sostenuto/8分音符 = 92))を double-beat で弾くと、およそ30分を要する長丁場となる。
『第九』はCD1枚に収録できる時間の基準になったとの逸話があり、その時間は74分だ。一方、メトロノーム表記通りだと63分ぐらいになる。
『メトロノーム表記を尊重すべきでは』となり、1970年代に当時の演奏法で演奏する動きが出てきた。
『昔はもっと速かった』という話が1990年代には世界的に広まって、解釈が色々と分かれることになった。
ハンマークラヴィーア ウラジーミル・アシュケナージ
https://youtu.be/FjJPNVJJMN4?si=IKTGaaNkrjs1wfrR
ハンマークラヴィーアをゆっくり弾いてみたら優しさに溢れていることがわかった
https://youtu.be/9ih1GYLiJ80?si=kDKf7RBNJVNoZHYu
https://www.suguruito.com/memorandum/metronom
を参考にしました。
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