序章 ヒンメリア大聖殿

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序章 ヒンメリア大聖殿

 老神官の衣に、ろうそくが陰をおとす。薄闇の中、遠い昔に描かれた十二面の壁画が、彼と少女を見下ろしていた。この多角形の小部屋には、身動ぎもしない二人のほかに、中央に据えられた円卓しかなく、あたりは夜の静寂に包まれている。  神官は十二枚の札を出し、両手を握りしめた少女の前に三日月形に並べた。続く声は、枯れ落ちた花のようでありながら、深く澄んでいる。 「アルファーシェ・ハーダナント、君はどの神を選ぶ」  鮮やかさを落としたはずの、十二色の札。少女にとって輝いて見える、それに刻まれたのは、極彩色だった細かな模様。風や嵐、雨といった気候、植物や記号をもって、学問をつかさどる十二の神が表されている。  少女、ファーシェの視線はちらちらと札を移ろい、繊細な香気の中に咲く、紫のヒンメリアに止まった。  これを手に取って言えばいい。アルファーシェ様、あなたを選びます、と。ファーシェはぎゅっと、月光に柔らかく光るスカートをつかむ。  どうしても声が出ないのだ。大好きで、わたしと同じ名前の芸術の神様。選ぶことは昔から、そう、生まれたときから決まっていたはずなのに。  落ち着きなく座り直すファーシェに、神官がもう一度言った。 「さあ、どの神を選ぶ」  厄介な子だ、と責めるような神官の目を見たくなくて、視界を閉ざす。初夏の涼しい夜風が、やけに肌に刺さる。逃げてしまいたい。選択からも、この聖殿からも。
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